杵築市大字熊野にあります浪崎神社と、浪崎の観音様を紹介します。熊野は旧東村のうち通称上面(うわめん)と称される地域で、旧熊野村の村社であります熊野神社からとった地名とのことです。熊野は大きく原(はる)、加貫(かぬき)、年田に分かれておりまして、浪崎神社のあるのは加貫地区です。加貫と尾本(原北)の間の海岸線は権現崎と称する断崖絶壁に隔たれ、浪崎神社はその鼻に位置します。道順が分かりにくく他地域の方が訪れることは稀ですが、非常に風光明媚なところです。春には桜も咲きます。
1 浪崎神社
トヨタ自動車杵築店の三叉路から、県道643号を進みます。夫婦池の坂道を上がれば大字熊野に入ります。
道なりに進み、右にエコテックエダマを見て左折し、加貫に下っていきます。加貫地区には、加貫、見常寺(けじょうじ)、梶ヶ浜(※1)、カジヤ、松川などの集落があります。加貫は漁港を擁する漁師町で、見常寺はその背後に位置する急傾斜の集落です。一般に加貫と申しますとこの辺りの風景を思い浮かべますが、カジヤや松川辺りは段丘上に位置しており、全くの農村地帯であります。このように加貫地区は、純農村の地域と半農半漁の地域にはっきり分かれているのが特徴です。今回紹介します浪崎神社以外にも史蹟や石造文化財がいろいろありますほか、杵築市の中でも加貫地区にしか伝わっていない「ベッチョセ」という盆踊り(※2)があるなど、いろいろと興味深い地域なのです。
(※1)梶ヶ浜は平成半ばに新興住宅地が造成され、加貫地区から独立しました。
(※2)この「ベッチョセ」の唄は、遠く離れた耶馬溪方面の「ネットサ」によく似ています。縁故関係で伝わったのでしょうか?
さて、加貫の港に下りきるよりも手前、道路右側に「カジヤ」と書かれたオレンジ色の小さなバス停があります。これを目印に左折し、急坂を登ったところがカジヤです。ほんの数軒の集落を通り過ぎ、狭い道を奥へ奥へとまいりますと二股になっています。ここは左にとりまして、さらに奥に進んでいきます。松川まで上がりますと、右の方に海が見えます。道沿いに民家が点在し、急傾斜のみかん山や狭い畑の風景は、麓の漁港周辺の集落と同じ地区とは思えないほどの違いがございます。いくつかの分かれ道を無視して道なりに行くと、下の写真の分かれ道に出ます。
ここを左に上がります。ちょっと不安になる道幅ですが、小型の普通車までであればどうにか上がれます。一部舗装状態があまりよくないうえに落ち葉や小枝が散乱している場合がありますので、用心してください。道なりに登っていくと正面に浪崎神社の鳥居が見えてきます。
浪崎神社に着きました。自動車は、この手前の路肩に停められます。やや薄暗い写真になってしまいましたが、桜が植わっておりなかなか気持ちのよい場所です。こちらは大山祇尊をお祀りした神社で、江戸時代には藩主の信仰が篤く、11月のお祭りには藩主の参拝が恒例であったそうです。今も加貫および原北の方の信仰が続いております。
お参りをしたら右奥に行きます。
碑面に「日露戦役忠魂之塔」とあります。戦歿者の慰霊塔のようです。この辺りから右に行くと、冒頭の写真の景色が見えます。下は断崖絶壁で、落ちたら命はありません。あまり端に寄りすぎないようにしてください。
神社のまわりは気持ちのよい自然林です。鎮守の杜の中に、僅かな踏み跡があります。奥へ奥へとゆるやかに下っていくと、見晴らしのよいところがありました。
対岸に見えるのは杵築の町です。藩主もきっとこの風景を見たことでしょう。この先で道がなくなっていたので境内に戻りましたが、おそらくこの道は尾本方面からの旧参道であろうと考えました。
とても風光明媚な浪崎神社を紹介しました。お参りをされる際にはきっと景色を楽しみたくなると思いますが、くれぐれも崖に近寄りすぎないようにして下さい。
2 浪崎の観音様
車は鳥居付近に置いたまま、先ほど登ってきた道を歩いて少し戻ります。一つ目のカーブの外側にのびている細道が、観音様への参道です。
こちらが参道入口です。車内からでは見落とすと思います。ここから落ち葉の積もった細道を崖下に下っていくのですが、この道がたいへんな難路です。とんでもない急坂ですのに鎖やロープはなく、よく滑ります。つづら折になっていて、昔の方がこの急坂を少しでも緩和しようとして道を作ったのでしょうが、今となっては参拝者が少ないたにその道も荒れてきております。
つづら折の急坂を下りますと、正面が崩壊地になっています。道は右に折れているように見えるのですが、右は間違いです。崩壊地の上に僅かに残った道を左方向に渡り、崩壊地の左側に沿うてさらに下っていきます。
写真の位置まで下ったら、崖に沿うて左に進んでいきます。昔はきちんとした参道があったのでしょうが、今は道が崩れたり落ち葉に埋もれたりして、とても分かりにくくなっています。落石に気を付けて、とにかく崖に沿うて進んでください。ここまで下ればあと少しです。
浪崎の観音様に着きました。見上げる高さの断崖絶壁の下を穿ち、中に仏様が安置されています。大昔はこちらに堂様があったと聞いたことがあるのですが、とうに崩れて跡形もなくなっています。
傍らには古いお手水が残っていました。以前は近隣の方の信仰が篤く、香華の絶え間を知らぬほどであったとのことですが、今は荒れており寂しい雰囲気です。今は木が茂って眺望は得られませんが、きっと、昔はこの位置から海がよく見えたと思います。その頃はさぞ風光明美であったことでしょう。
岩屋の右側にも、2体の仏像が見られます。左側の仏様は首が折れてしまったようです。
あらためて見てみますと、ものすごい立地です。礫が今にも崩落しそうで、長居が憚られるような場所です。なぜ、こんな難所を観音霊場としたのでしょうか?
岩屋の中には3体の仏様が安置されています。中央の仏様は素朴な造形ながら、細かいところまでよく行き届いた秀作です。彩色もよく残っており、この立地にあって思いの外良好な保存状態であったので驚きました。地域の方の絶大な信仰を集めた観音様ですが、わたくしはイの一番に「無事に上まで戻れますように」とお願いしてしまいました。
この観音様のところからさらに下ると、台場跡があるそうです。でも崖崩れなどで痕跡をとどめていないらしく、道も危なそうだったので台場跡は諦め、車に戻りました。崖道を上がるのもたいへんです。雨降りのあとはやめておきましょう。
以上、浪崎神社と観音様を紹介しました。無事にあの崖道を戻れてよかったと思います。観音様の霊験でございましょう。