大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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樋口の豊前坊様(朝地町)

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 旧大野郡は犬飼町・野津町・千歳村・大野町・朝地町・三重町・宇目町清川村緒方町からなる広大な地域です(※1)。この地域は自然地形が変化に富み景勝地の数ある中に各種石造文化財や磨崖仏、史蹟等が数えもやらぬほどにて、しかもお神楽や獅子舞、白熊練、盆踊り(盆口説)などの民俗芸能が多彩を極めます。観光地としても、ないのは温泉と海くらいなもので、とても一日では回りきれないほどの奥深さがあります。その中でも今回紹介する樋口の豊前坊様の石造文化財は、観光地ではありませんが非常に立派なものでございまして、ことのほか感銘を覚えました。たやすく探訪できますので、みなさんにお勧めしたい場所です。

※1 野津町と宇目町を除く地域が現在の豊後大野市です。野津町は臼杵市(旧北海部郡)と合併しました。宇目町は戦後、南海部郡に移管し現在は佐伯市の一部になっています。

 

 道の駅朝地からスタートします。県道57号を大野町方面へ少し進みまして、「農材スーパーほうねん」の角を右折します。2車線の坂道を登り詰めた突き当りを左折し、少し行くと道路左側に志加若宮社がありますのでその角をまた左折します。道なりに畑の中を進んでいき、竹林を抜けると、道路右側に波板の小屋「集落農構宮生浦農業用資材保管施設」が立っています。そのすぐ側、左側のカーブミラーのところから折り返すように坂道を少し登りますと豊前坊様の境内です。車はその坂道の上がりはなに停めます。反対側からの道はとても狭く、しかも掘割が長く続き落ち葉等の堆積が目立ちますので、車での通行はお勧めできません。f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20210330003604j:plain

 このように、道路より少し高いところに文化財の標柱が立っています。見落としやすいので、農業用資材保管施設の小屋とカーブミラーを目印にされるとよいでしょう。

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 豊前坊様の境内は広くはないものの、小高い丘の上で気持ちがよいところです。いろいろな石造物が寄せられています。順番にお参り・見学をいたしましょう。

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 改修記念碑です。写真では文字が見えにくいので、下記に碑文を起こします。

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改修記念碑
豊後大野市指定有形文化財 豊前坊の石造物
   豊前坊石祠  一基
   三十三観音塔 一基
   一字一石塔  二基
 豊前坊様と呼ばれ古くから牛馬の守護神として崇拝され、現在も樋口地区住民により清掃、祭祀が行われているが、長年の風雨や地盤沈下により倒壊の恐れにさらされていた。同在住、森迫忠佳氏の多大なる御寄附を称えると共に、修復を記念しここに改修記念碑を建立する。
   施工主 下野自治会樋口支部
   施工者 東藤建設株式会社
   竣 工 平成二十年十月吉日

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 豊前坊様というのは英彦山に関係のある信仰で、天狗様の名前であるそうです。信仰し功徳を積めば、困りごとの生じたときに豊前坊様が仲間と一緒に飛んできて助けてくださる云々を聞いたことがあります。それが、こちらでは「牛馬の守護神として古くから崇拝されて来た」とあります。豊前坊様の信仰の本義からは外れるかもしれませんが、こちらではそのように伝承されてきたということで、それほどまでに牛馬の無事・健康が重大事項であったというわけです。

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 こちらが豊前坊様の祠です。注連縄がそう古くはないことから、今なお信仰が続いていることがわかります。

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 右の一字一石塔です。ずいぶん手の込んだ造りで、正面上部には矩形に彫りくぼめた中に仏様を彫出しています。その下の蓮華座も含めて、しっかりとした彫り、均整のとれた表現方法にて、かなりの力作であると感じました。側面には「四国八十八所西国三十三所巡拝成就」とあります。江戸時代においては片方だけでも大変なことでしたのに、四国八十八所西国三十三所も巡拝したとは、この地域においては稀なことでありましょう。その記念に一字一石塔を建立するという信心深さに驚嘆いたしました。

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 反対の側面には九州六国三十三所とあります。お四国さん、西国参りに加えて九州三十三所!いったいどれほどの日数がかかったのでしょうか。

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 こちらが三十三仏塔です。一連の石造物の中でも、目玉中の目玉でありまして、近隣在郷に類を見ない石造物でございます。碑面を格子に区切って、非常に緻密な彫りで仏様を表現しています。全体としての大きさ、彫りの細かさなど、たいへん立派な塔でございまして、実物を拝見して声も出ないほどに感動いたしました。西国三十三所の仏様を寄せたもので、こちらにお参りをすれば西国参りをするのと同じ霊験が得られるというものなのだと思います。この見事さは写真では伝わらないと思います。ぜひ実物をご覧いただき、お参りをしていただきたく存じます。

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 左の一字一石塔です。右の塔に比べますとシンプルな造りではありますが、その分「大乗妙典一字一石」の字の見事さが引き立ちます。

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 左側には庚申塔がいくつも寄せられています。はじめは庚申石かなと思ったのですが、近づいて目を凝らしますと梵字や文字が墨書されていました。

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 「奉礼拝庚申塔」の文字が分かりますでしょうか(礼と拝は旧字)。大野地方の庚申塔は文字塔が圧倒的に多く、刻像塔は少ない印象でありましたので、こちらも文字塔だけかと思いましたら、少し離れたところに刻像塔も残っていました!

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青面金剛6臂

 たいへんシンプルな庚申様です。鶏も猿も童子もなく、金剛さんだけ。日輪も月輪もございません。大野地方の刻像塔はこのように主尊だけを置いているものが目立ち、国東半島の庚申塔のようにいろいろな像を賑やかに配したものは少ないようです。浅い彫りにてやや稚拙なところもありますが、なかなかどうして、手の指は細かく表現されております。何より、やさしそうなお顔が素晴らしいではありませんか。一般に青面金剛と聞いて思い浮かべる怖い顔とはかけ離れた、お地蔵さんのような柔和なお顔には、私達の生活を見守ってくださるような安心感がございます。足元をご覧ください、衣紋の裾が、まるでキュロットスカートのようになっているのがおもしろうございます。

 台座との接合部が離れて後ろにずいぶん傾いていますけれど、この状態で安定しており、倒伏の危険性は少なそうです。台座の上にどのようにして立っていたのかがよくわかります。

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  いろいろな石造物の寄せられた豊前坊様の境内。ありがたい名所でございます。

 

今回は以上です。三十三仏塔に目を奪われますが、ほかの石造物もたいへん立派です。普光寺や用作公園などをお訪ねの際には、こちらにもお参りをされてはいかがでしょうか?