大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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木下磨崖仏(大野町)

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 大野町大字十時(ととき)にあります木下(きのした)磨崖仏を紹介します。こちらはあまり有名な磨崖仏ではありませんが、保存状態が良好で、しかも磨崖仏以外にも興味深い石造物がございます。興味関心のおありの方にはおすすめの場所です。

 

 大野インター付近からスタートします。県道57号を千歳村方面に進んでいくと、道路左側に「後藤静香生誕之地」と書かれた白い板が立っています。そこから数えて1つ目の横断歩道のところを左にとって、旧道に入ります。菅田郵便局の前の二股は直進(左前)し、道なりに行きます。中央に「木下磨崖仏」の看板のある二股は左にとって、田んぼに沿うて奥へ奥へとまいりますと、道路左側に先ほどと同じ形状の「木下磨崖仏」の看板が立っています。自動車は、その横の空き地にとめます。

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 車をとめたところから、反対側の里道を上っていきます。ここも車で通れますが上に適当な駐車場所がありませんので、歩いて行きましょう。正面のお宅のかかりにまた看板が立っていますので、それに従って左に折れ、背戸道を奥に入れば到着です。

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 こちらは吉祥庵という堂様の跡地とのことで、その境内に磨崖仏をはじめ各種石造物が残っているというわけです。先に、石造物から見ていきましょう。

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 なんということでしょうか。一字一石塔と石幢がばらばらに壊れてしまっています。このように壊れてしまったのはこの10年以内のようで、もしかしたら大分熊本地震で壊れてしまったのかもしれません。五輪さんは壊れていませんが、壊れたものを地域の方が積み直されたのではないでしょうか。集落の方が屋外に見当たりませんで、お尋ねすることができませんでした。

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 壊れた石幢の龕部です。こちらは非常に興味深い造形でありまして、わたくしが今まで目にしてきた六角柱や八角柱または円柱のものとはまるで異なります。矩形をなした龕部には、3面に六地蔵様が刻まれています。

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 残る1面はこちらです。上下2段に分かれておりまして、上段はどう見ても閻魔様でございます。下段は閻魔様の子分か、またはこれから裁きを受ける人のようです。大野地方の石幢にはこのような造形の龕部も見られることは存じておりましたが、まさか磨崖仏めあてで訪れたところで偶然にも見つけられるとは思いもよりませんで、ほんに嬉しい心持でございました。仏教の教えでは、死後、私達は生前の行いにより閻魔様の裁きを受けて六道(りくどう)、六つの道(天・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)に進みます。六地蔵様は、死後の道に進む私達を救済して下さるありがたいお地蔵様です。よく墓地の入口などに祀られております。こちらの石幢では、六地蔵様ばかりか閻魔様の裁きの様子まで表現してあるというわけです。

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 磨崖仏の右側、岩屋状になったところにも石造物がございます。壁面の仏様は磨崖ではありませんけれど、龕の掘り込みがとても美しいカーブを描いています。右前の、四角い台座の上に擬宝珠のようなものが乗っている石造物は何でしょうか。後家合わせのような気もいたしますが。左側は石幢でしょう。石幢には重制と単制があります。重制というのは細い塔身の上に中台が乗り、その上に龕部、笠、宝珠と重なるものでありまして、先ほど紹介しましたばらばらに壊れた石幢は重制です。それに対して単制は、塔身の上に直接笠と宝珠が乗ったものです。大野地方は石幢の宝庫といってもよく、文化財指定を受けているものだけでもかなりの数がございます。一方で、国東半島には作例が少なめです。このように、大野地方、国東半島、それぞれに石造文化財の宝庫でありますけれども、作風だけではなく種別の多寡にも特徴があるというわけで、地域を探訪しますといろいろな気付きがあるものです。

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 立派な石垣の上段にも石造物が見られます。こちらは立派にお祀りされており、今も信仰が続いているようです。

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 最上段にございます祠です。お室の中は丸い石だけでしたが、南天を植えて、丁重にお祀りされていました。旧吉祥庵の境内がここまで及んでいたのか、またはこちらは隣家と地続きなのか判断に迷いましたし何の祠かもわからなかったのですが、お参りをさせていただきました。

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 こちらの磨崖仏は小型ながらなかなかの厚肉彫りで、細部まで行き届いた表現が見事です。横に長い龕を彫りくぼめているだけで覆屋もなく、雨ざらしの状態でありますのに、思いの外良好な保存状態に感激いたしました。現地に詳しい説明版がなかったのが残念ですが、磨崖仏や石幢といった文化財はもちろん、こちらの立地も含めまして、いっぺんで好きになりました。また近くを通るたびに立ち寄り、お参りをしたいと思っています。

 

今回は以上です。石幢はばらばらに壊れていましたが、それぞれの部品は割れたりしていなかったので、基礎を水平にしてきちんと積み直せば元通りになりそうです。今度お参りしたときには、元の姿になっていてくれればと願っています。