大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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因尾の庚申塔めぐり その3(本匠村)

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 因尾の庚申塔シリーズも、ひとまず今回でおしまいです。今回は大字堂ノ間・因尾・井ノ上を巡りますが、特に大字因尾の文化財については全く探訪できておりませんので、甚だ不十分な内容となってしまいます。ひとまず写真のある分だけを紹介することにして、いつか再びの探訪の機会が得られましたら、続きを書きたいと思っております。

 

9 旧因尾村役場

 前回巡りました上津川から虫月の三叉路を経て中野方面に向かいます。大字堂ノ間の中心地、板屋部落には旧因尾村役場の建物が資料館として保存されています(冒頭の写真)。当時としてはたいへんモダンな造りであったことでしょう。ほかに、このような旧役場の建物は緒方町にもございます。いま、歴史的な木造建築がどんどん失われています。耐震性の問題や区画整理などいろいろな事情があるのでしょう。旧浜脇遊郭の元妓楼(貸席…別府ではカッセキと発音します)の建物も、この30年間でずいぶん少なくなりました。このような状況のため、因尾村役場の建物の貴重さがいよいよ増してきております。道路端にあってすぐ分かりますから、観光や文化財巡りの際に車窓からでもちょっとご覧になってはいかがでしょうか。

 

10 井ノ上の庚申塔

 旧因尾村役場の建物をあとに、県道を中野方面にまいります。大字井ノ上は井ノ上部落のかかり、道路右側の崖上に庚申塔がたくさん寄せられています。右前方向に上がる道路の取り付きから、反対方向(右後ろ方向)に坂道がありまして、その上です。草が伸びていない時季には、下の県道から庚申塔が見えますのですぐわかります。車は上がれないので、少し手前に停めます(路肩が広くなっています)。

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 このように10基以上の庚申塔が2列に並んでいます。このうち刻像塔は2基ございまして、ほかはみな文字塔です。ここは明らかに後からお祀りし直したような場所で、県道の拡幅等により本来の用地が削られたのでこの地に移したのでしょう。小高い場所にて、ちょうど麓の井ノ内部落を見守っていただけるような位置関係になっていますのでよかったと思います。この庚申塔群の中から、特に3基を詳しく見てみます。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2鶏、2夜叉、邪鬼、ショケラ

 彩色がよく残っています。主尊のお顔を見ますと団子鼻で、頬は瘤取りじいさんのように膨れています。短めの腕を目いっぱい広げて立つ勇ましさも、失礼ながら空回りしているような気がいたしまして、威厳とか怖さというよりは、どことなく愛嬌すら感じられます。邪鬼は横向きのタイプで、南海部地方では横向きの邪鬼は向かって左が頭になっていることが多いような気がいたしますが、こちらの邪鬼は逆向きです。安らかな表情にて、背中を踏まれておりますのもまるで足踏みマッサージなどされているように見えておもしろいではありませんか。邪鬼の両側には僅かに鶏の痕跡が感じられましたが、よくわかりませんでした。

 猿は「見ざる言わざる聞かざる」の横並びで、蹲踞坐りにて正面を向いています。国東半島でよく見られるタイプで、南海部地方でもときとき見かけます。この塔で注目すべきはその両側の夜叉です。本匠村で4夜叉の揃っている庚申塔はたいへん少ないようです。私が実際に見たことがあるのは大字小川は苣ノ木部落の庚申塔のみで、大字山部のどこかにもそのような塔があるやに聞き及びますけれども、全部合わせてもせいぜい2基か3基程度でありましょう。その意味で、こちらは2夜叉でありますけれども、夜叉が刻まれているだけで珍しいものなのです。全体的に碑面が荒れてきておりますが、今のところ諸像の姿はよく分かります。余白が少なく、賑やかで豪華なデザインでございまして、秀作と言えましょう。

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青面金剛3臂!?、1猿、1鶏、ショケラ?

 この塔は、今回の記事の目玉です。みなさんにもご意見を賜りたいのが主尊の腕でございまして、右腕はどう見ても1本しかありませんのに、左腕は2本あります(肘の関節から2又になっているようにも見えます)。腕の数が左右で対になっていないことなどあるのでしょうか。青面金剛は儀軌によれば4臂が正確であるそうです。しかし大分県で見かける庚申塔青面金剛像は、地域性もありますが6臂の像が圧倒的に多いように思います。死に通ずるので四を忌んだか、またはたくさんの持ち物を持たせて豪勢にするには6臂の方が都合がよかったのでしょう。特に前者は、庚申塔の性格から確からしいような気がいたします。6臂に次いで多いのは4臂です。また、2臂や8臂の塔も、ほんの数基ですが見たことがあります。こちらの塔は、本当は4臂にすべきであったものを、間違えて右腕を1本だけにしてしまったのではないでしょうか。そんな気がいたします。また、左腕のうち内向きになっている方の手で何かをぶら下げています。どう見ても人の形ではありません。でも体がついているようにも見えまして、何が何やらわかりませんでしたが一応ショケラと判断いたしました。

 大きな主尊は迫力満点、漫画的なデフォルメがなされたお顔がほんに怖そうな感じがいたしまして、まるで愚連隊のような雰囲気が感じられます。ポンパドールのような炎髪もいかにもそれらしい感じで、青面金剛というよりは雷様のような印象を受けました。奴さんのような猿も風変りでおもしろうございます。全体的にレリーフ状の彫りで立体感には乏しいものの、赤と黒の顔料で丁寧に彩色を施してあります。それだけに下の方が白くなっているのが惜しまれます。どうにか今の状態が保たれればと願っています。

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庚申塔

 この文字塔は「塔」の字体が変わっています。一見して、明らかに「土偏」の書き方がおかしく、「庚申」ならびに「塔のつくり」が普通の書き方でありますから、余計に目立ちます。この塔のみならでほかにも同様の土偏で「塔」と書いた塔が数基ございました。推測にすぎませんが、もしかしたら「土偏」に「十字」を隠したものなのかもしれません。そうであれば潜伏キリシタンの仮託信仰に関係する塔なのでしょうが、単に「土偏」を変わったバランスで書いただけだという可能性もありますから、何ともいえません。

 

11 轟の滝

 本匠村には姿のよい滝がたくさんあります。特に有名なのが今回紹介します轟の滝と、銚子の滝です。ほかに宇津々渓谷の二本松の滝・鼓石の滝・風神の滝、戸ノ上の滝など枚挙に暇がありません。庚申塔等の文化財巡りと滝や渓流の景勝地巡りを組み合わせますと、いよいよ興趣に富んだ楽しい一日になることでしょう。

 さて、井ノ上部落から案内板に従って橋を渡り細い道を進んでいきます。三叉路を左折して急坂を上がって行けば2台程度は停められる駐車場がありますが、その道がたいへん荒れていて落石だらけ、しかも路肩が崩れており普通の車では上がられません。ですから、坂道の上がりはなに駐車して、歩いて上がりましょう。

 駐車場のところからは山道になります。いきなりの急勾配に面くらいます。しかも渡渉するところがありますから、歩きやすい履物で行きましょう。以前は鎖渡しで上がったところも鉄骨階段等が整備されてずいぶん行きやすくなりましたが、滑落に注意を要します。

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 轟の滝の全景です。全体を写すのは困難でした。滝の名前とはうらはらに普段は水量が少な目で、ごく細い流れが優雅に落ちています。白糸の滝と呼んだ方がよさそうな雰囲気で、迫力を求める方には興ざめかもしれませんが、上品な感じがしてなかなかようございます。ちょっと風が吹きますと流れが右に左になびきます。それを間近で見てもよし、または写真のようにちょっと離れて、枝の掻い間から木の葉がくれの滝を見ますのもよし、あの難所の道を頑張って上がったからにはこの場所でゆっくりと休憩を取りたくなることでしょう。

 なお、雨降りが続けば水量が増してなかなかの迫力、まさに「轟の滝」の風情があるそうですが、なにせ道中があの始末ですから行こか戻ろか思案橋とやら、思案半ばに断念するを常として、わたくしは未だに「白糸」の姿しか見たことがありません。

 

12 鵜戸んダキ

 井ノ上部落から小半方面に向かいますと、道路左側の川向いにものすごい岩山の景観が目に入ります。土地の言葉で、このような岩山の難所を「ダキ」とか「タキ」申します。これは「嶽」の意でありましょう。鵜戸と申しますのは、この近くに鵜戸神社がありますからそのように呼んだそうです。

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 今は川べりのやや高い位置を県道が通っていますから安全に通行できますが、昔はこんな道はありませんでしたので、川原を通行するのを常として、増水時には難渋したそうです。そのような難所でありましたから道中の安全を願うてか、川原の小路の崖上に庚申塔が立っているそうです。どうも川向いのようで、どこをどう通っていけばよいのか分からず時間の関係で諦めました。いつか探訪したいと思っています。

 

今回は以上です。次回から「中野の庚申塔めぐり」のシリーズに入ります。立派な塔が目白押しですので、楽しみにお待ちくださいませ。