大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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裏耶馬渓めぐり その2(玖珠町)

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 前回、下郷からスタートして立羽田の景まで紹介しました。今回はそこから玖珠方面に名所を辿っていきます。

 

6 坂ノ上の景

 立羽田から道なりに玖珠方面に行きますと、道路左側に「鶴ヶ原の景、池の尾の景案内図」の看板があります。車は、その看板のところの路肩ぎりぎりに寄せれば1台はどうにか駐車できます。難しいときは鶴ヶ原の景の入口(後述)に駐車して歩いて戻りましょう。看板を過ぎて、左側に池ノ尾の池があります。この池の辺りの風景を坂ノ上の景と申しまして、つい通り過ぎてしまいますけれども紅葉の時季にはなかなかの景観でございます(冒頭の写真)。この辺りには鎖渡しで岩峰を登ったところに仏様が安置されていますが、それは後ほど紹介します。

 

7 昔の坂ノ上の景(絵葉書)

 坂ノ上の景は植林が育って奇岩が見えにくくなっているのが惜しまれます。今の景色もようございますが、ここに昔の景観を紹介いたします。

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NAGNIFICENT SIGHT OF OTOME-IWA ROCK AT SAKANOUE IN URA-YABAKEI, YABAKEI.
耶馬溪)群立の巨巌碧水に姿を映す裏耶馬溪坂の上乙女岩

 絵葉書に一目八景(新耶馬渓)のスタンプが押されていますが、これは一目八景の売店で絵葉書セットを購入された方が押したものなので気にしないでください(中古品を入手しました)。前項の写真とは角度が違いますけれども、それを抜きにしても同じ場所の写真とは思えないほど様相が異なります。やはり奇岩がよう見えている昔の風景の方が、より素晴らしいように思います。伊福の景のように、こちらも修景がなされれば昔日の面影が蘇ることでしょう。

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THE STRANGE VIEW OF TEBUKURO-IWA ROCK AND DISTANT VIEW OF TENGU-IWA AT SAKANOUE IN URA YABAKEI, YABAKEI.
耶馬溪)閑寂の秘境裏耶馬溪坂の上に峭立する手袋岩の奇観と天狗岩の遠望

 この絵葉書は、先ほど駐車場所として説明した場所(現在「鶴ヶ原の景、池の尾の景案内図」の看板のあるあたり)から撮ったものと思われます。奇岩の風景のすばらしさは言うまでもございせんが、今はアスファルト舗装がなされている県道も未舗装の状態にて、自然の中に溶け込んでおり違和感がありません。でも、こんな道のままでは自動車で気軽に遊覧するわけにはいきませんから、今は道がよくなって沢山の景勝地を次から次に廻れるようになっているのはありがたいことです。

 

8 鶴ヶ原の景

 鶴ヶ原(つるがはる)の景こそは、裏耶馬渓の名所・景勝地の中でも特にお勧めしたい、名所中の名所でございます。四季折々の風情のある素晴らしい景勝地でありますのに、いつ訪れても遊覧者に出会った例がございません。秋になりますと一目八景あたりは車が数珠つなぎになる大混雑でありますものを、どうして鶴ヶ原は閑古鳥が鳴いているのか毎年不思議に思います。

 池ノ尾の池を過ぎて道なりにまいりますと、道路左側に「耶馬日田英彦山国定公園」と「鶴ヶ原、池の尾の池案内図」の看板の立つ広い駐車場があります。ここから左折して道なりに行けば、車で鶴ヶ原の池まで行くこともできます。ただ、道が狭いので時間があればこの駐車場にとめた方がよいでしょう。歩いていくときには、車道を行かずに駐車場から左奥方向に山道を歩いた方が近うございます。

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 鶴ヶ原の池は四季折々の風情があるとはいえ、やはり最もよいのは秋、紅葉の時季です。風のない日に訪れますと、水鏡にて色とりどりの山や奇岩を映して、一幅の絵画を見るような素晴らしい景観を楽しむことができいます。

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 池と紅葉だけでも素晴らしいものを、後方の奇岩群がまたよいのです。やはりこの岩あればこその名勝耶馬渓でありましょう。こちらにはかつて、森藩主の久留島氏の別邸があったそうです。その遺構はないかなと思いまして辺りを確認してみましたが、それらしい痕跡はわたくしには分かりませんでした。

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 池の土手から荒手を越した先に山道が続いています。そちらを散策してもよいし、池の反対側に回って岩峰群の裾を巻きながら新四国の磨崖仏にお参りして廻るのもよいでしょう。新四国については後述します。

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 紅葉の時季ほどではありませんけれども、新緑の時季もよいものです。微妙なグラデーションの緑を透かした光が水面に色を添え、ほんに爽やかで気持ちがようございます。家族でハイキングをするのにもってこいの場所です。

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 池の向こう側に回り込めば、小さな堂様があります。この近くまで車で来た場合には、堂様の下の広場に駐車することができます。

 

9 昔の鶴ヶ原の景(絵葉書)

 坂ノ上の景と同じく、こちらも植林が伸びて奇岩が隠れがちになっています。昔の絵葉書と今の景色を見比べてみてください。

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THE QUIET SCENE OF TSURUGAHARA, THE STRANGE ROCK STANDING THE SIDE OF DEER ABYSS IN URA-YABAKEI, YABAKEI
耶馬溪)巨巌群仙の如く秘境の池畔に立つ裏耶馬溪鶴ヶ原の妙観

 奇岩の突端に松が生えているのが素晴らしく、まるで山水画を見るようです。

 

10 鶴ヶ原・坂ノ上の新四国(磨崖仏)

 何回か説明の中に出てきました「鶴ヶ原の景、池の尾の景案内図」に、この一帯の新四国の地図が載っています。鶴ヶ原の奇岩群を縫うていけば、岩峰群に小さな磨崖仏が次から次に刻まれています。これらはしめて88体で、四国八十八箇所の写し霊場になっているのです。普通新四国と申しますと単体の石仏が88体ございますものを、こちらはその大半を磨崖仏がしめているというのがよそと違います。さらに山道を越して坂ノ上の景の方に抜けますと、県道沿いの岩峰群を鎖渡しで登った先には大きな石仏がいくつか安置されています。よほどの信心によるものでしょう。説明版の内容を転記します。

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鶴ヶ原八十八ヶ所石仏巡り

 耶馬日田英彦山国定公園の一部にわたる「裏耶馬」探勝コースの中でも鶴ヶ原と池の尾に跨る岩場を縫いながら一時間ほどで探索できる、可愛くて素朴な小磨崖仏が点在する快適な巡回コースです。
 江戸中期の開鑿と思われるこれらは大日如来を宇宙空間の中心仏に、薬師・不動・観音・釋迦・勢至・文殊・弥陀・普賢・阿閦・地蔵・虚空蔵・弥勒の十三体仏と開祖空海(弘法尊像)を合わせた八十八体からなる「霊場巡礼」になぞらえた磨崖仏から成り立っています。
 この裏耶馬溪の二つの景、五つの長寿村の小集落が守って来た民間信仰の聖域で、縁日のお接待『買物控帳』など江戸後期の記録帳や、さらに鎖伝いによじ登る巌峰高所のところどころに安置された大型の不動尊像・観音像などは明治から大正初期にかけて村の篤志家の浄財によって建立されたものです。
 春の新緑・夏の涼・秋の紅葉と、あなたもこの景の魅力を散策してみませんか。

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 説明板には「快適な巡回コース」とありますが、現状として道が荒れておりましてとても「快適なコース」とは言い難い状況です。鶴ヶ原の池の裏の堂様のところから上がれば、道も乏しい順路に沿うて岩峰群を巻いていけば点々と磨崖仏を見つけることができますが、落ち葉で急坂がよう滑りますので注意を要します。しかも一本道ではなく、上に行くやら下に行くやら、いよいよ進退窮まるのを常として、わたくしはまだほんの少しの仏様にしかお参りができていません。その一部を紹介します。

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 浅い彫りのささやかな磨崖仏でございます。必ず、いろいろな仏様とお弘法様が対になって彫られています。これは中山仙境の石仏群などと同じことです。

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 失礼ながら彫りの技術が稚拙であるうえに、掘った場所がもともと凹凸が激しいものですから、風化摩滅によりいよいよ像容が不明瞭になってきております。けれども、の造形や保存状態の上下により価値が決まるものではありません。よし立派なお姿であろうと、今に消えかからんとするお姿であろうと、その本質は同じであると信じています。昔の方の信仰心や、簡単に四国八十八所に行けないこの山間部の村々の方のためにこの霊場を開かれた方々の、世の為人の為に尽くしたその姿は、こうして岩に刻まれていつまでも残っているのです。一つひとつの規模は小そうても、88も札所があることことを考慮すればさても立派な霊場ではありませんか。そう思いますと今や「快適なコース」ではなくなった巡拝路も、難所の道を辿ればこそいよよ霊験も増してくるような気もいたしますから、それはそれで理に適うているのかもしれません。

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 ほかの目的地を選定せず、一日たっぷり鶴ヶ原に遊べば、この四国八十八箇所も全部巡拝できそうな気がいたします。いつかは全部の仏様を巡ってみたいものです。

 さて、鶴ヶ原から坂ノ上に抜ける山越道は、やや荒れ気味でございます。ですから、面倒でも車道経由で迂回する方がよいでしょう。

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 坂ノ上の景の仏様です。屹立する岩の上に立つ仏様は、よくぞ転落せずに今まで残ったものぞと感心いたしますし、あの場所までどうやって仏様を上げたのかなどといろいろな疑問が湧いてまります。櫓を立てて、木遣り音頭で引き上げたのでしょうか。鎖渡しで仏様のところまで登ることもできますが、もし滑落してしまったら下は舗装路ですから大怪我しそうです。無理はしない方がよいでしょう。

 

11 松信の渓流

 鶴ヶ原の景から県道に戻って、玖珠方面にまいります。左に弓ノ木台の景、内匠の景への分岐を見送って、松信(まつびら)部落の手前、右カーブの外側の路肩が広くなっているところがあります(カーブミラーあり)。ここに車をとめます。

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 「不動明王」の小さな看板に惹かれて、この辺りから小さな橋を渡って山に入りました。道が2つに分かれていたのですが、どちらを進んでもそれらしい堂様や石仏に行き遇うことはできませんでした。もしかしたら「不動明王」と呼んでいる奇岩のことかなとも思うたのですけれども、それらしい岩も見つかりません。けれども、その過程でなかなかよい景色を楽しむことができました。

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 こちらが、偶然見つけた景勝でございます。希望は小さいものの、まるで鬼の洗濯岩のような雰囲気がございまして、見惚れてしまいました。普段はチョロチョロと流れるばかりの水も、梅雨時には水嵩が増すのかもしれません。それでも、これだけ岩が削れるには一体どれほどの時間がかかるのやら、途方もない昔のことと思われます。こちらは耶馬66景に指定されている風景ではありませんけれども、「○○の景」の呼称があってもおかしくないと思います。

 

今回は以上です。このシリーズは一旦お休みとします。途中飛ばした名所旧跡がかなりございますので、いつか再訪できれば「その3」は、今までと反対ルートで書こうと考えています。