大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

カテゴリから「索引」ページを開いてください。地域別にまとめています。

東小深江の山神社(日出町)

f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20220103001514j:plain

 熊毛シリーズの途中ではありますが、本日とても素敵な庚申塔を見つけたのでここに紹介いたします。こちらは全く知らなかった場所で、友人に教えてもらい初詣を兼ねて訪ねることができました。場所は日出町大字川崎、東小深江(ひがしこぶかえ)部落です。川崎地区はあまり探訪できておらず、川崎シリーズとして展開するには分量が足らないので、ひとまず単独の記事とします。

 

 まずは道順を申します。日出駅を起点に、川崎線を大神方面にまいりまして、万願寺の交叉点を右折します(左に線路のガードが見える交叉点です)。道なりにしばらく行き、右手にホックス日出工場を見送ってすぐの角を右折します。突き当たりを右折して、1つ目の角(右側にカーブミラーあり)をまた右折して民家の石垣に沿うて上っていきます。ここから先はやや不安になるような道幅ですが普通車までなら通れます。左にお墓を見て、ホックスの駐車場の裏口直前を左折しましたら左手にお社が見えます。車は境内入口に停められます(転回注意)。

 ちょうど新年を迎えたためでしょうか、注連縄が新しくて境内もきれいに掃除されていました(冒頭の写真)。こちらの山神社は、工業団地等の造成によりこの場所に移転したとのことです。

f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20220103001518j:plain

 お参りをして振り返りますと、鳥居の先に高崎山が見えました。小深江の港の東西に東小深江・西小深江の部落があります。この辺りは丘陵地帯にて、速見が浦を見晴らすたいへん風光明媚な土地です。遷座を余儀なくされた山神社ではありますけれども、移転先がこのような景勝地であってよかったと思います。

f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20220103001524j:plain

 お社の右側から裏手に進むと、お弘法様ほかの石仏が数体安置されています。一つひとつに線香立てがあり、お水もあげて立派にお祀りされています。近隣の方のお世話が続いているようです。

 仏様にお参りをしたら、本殿の裏手から左側に回ります。

f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20220103001527j:plain

青面金剛4臂、2猿、2鶏/2猿像(丸彫り)

 最近、藤原地区のシリーズを4回に分けて掲載しました。その中で、こちらの庚申塔にそっくりの塔を何基も取り上げています。このタイプの塔は藤原地区の庚申塔の類型として認識しておりました。けれども、実際には川崎地区のうち辻ノ尾部落でもこのタイプを見つけましたし(いつか紹介します)、今回は東小深江部落でも見つけるに至りまして、或いは藤原のみならで藤原・川崎の庚申塔の類型として見た方がよさそうな気もしてまいりました。今後、川崎地区の庚申塔の探訪を続けて行けば、その傾向がどうなのかはっきりしてくると思います。

 さて、こちらの庚申塔は笠が平べったいのが特徴です。それがために棟や破風の装飾はございませんが、垂木を丁寧に刻出しています。主尊は見事な火焔光背に対して、お顔を見ますと目つきやおちょぼ口が何ともいえない、のほほんとした雰囲気がございます。腕が上下に離れて、横に広がった衣紋の裾も含めますと昆虫の肢のように見えてまいりますのも面白いではありませんか。猿は長坐位にて向き合い、両手を取り合うて高く上げています。鶏も仲良う向き合い、家内安全や夫婦和合を願うての表現でありましょう。

 そして何と申しましても、こちらの庚申様の特徴である2体の丸彫りの猿像でございます。以前、国東町上小原の金毘羅様参道の庚申塔で、丸彫りに近い不詳像が塔の下部にくっついているものを紹介しました。ところがこちらは、塔本体から離れて、完全に別個のものとして存在しています。どのような意味合い・目的で、猿像をこしらえたのでしょうか。屋外に地域の方が見当たらず尋ねることができませんでしたので推測に過ぎませんが、もしかしたら庚申講のお座をするときに座元から座元へと猿像を持ち回っていたのかなと思いました。

 

今回は以上です。日出図書館で『図跡考』や『川崎村誌』をよく読み込んだつもりでしたのに、こちらの山神社は全く気に留めていませんでした。教えてくれた友人のお蔭で新年早々にこのように立派な庚申塔を見学することができまして、今年も実りある探訪がたくさんできそうな気がしております。