大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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苣ノ木の庚申塔(本匠村)

苣ノ木地区のかかり、道路沿いにある庚申塔を紹介します。

 

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所在地:本匠村大字小川 苣ノ木(ちしゃのき)

 

 

 国道10号より県道35号に入り、西進します。大水車よりも凡そ1km手前、銚子渓谷の案内板に従い左折し橋を渡ります(橋の欄干に渓谷の案内板がついています)。凡そ2.3kmで、右折レーンのある丁字路(※)に出ます。青い看板の図によれば「直進が直川村(広域農道経由)、右折が番ノ原・岩屋・銚子渓谷」です。ここを右折します。そこから400m弱、苣ノ木部落のかかり、道路右側にいくつかの石造物が寄せられており、その中に写真の庚申塔があります。

 または、国道10号を佐伯から直川方面に進みまして、橋を渡った先の左側に「久留須川」と書いた大き目の看板(河川名の表示板)があるところを右折して直進すれば、※印に出ます。

 まず、右側にある塔から紹介します。

 

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一面六臂、二童子、ショケラ ※猿と鶏の痕跡があるも判別困難

 

 彩色が残っているのですが、全体的に傷みがひどいのが惜しまれます。特に青面金剛の顔の傷みが残念で、表情が全くわかりません。左手に持った縄や東部の火焔のような表現を見るにつけ、元々は彫が緻密なものであったことが推察されます。或いは、表面を下にして倒伏していた時期があり、傷みが進んでしまったのかもしれないと考えました。

 次に左の塔を見てみましょう。

 

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一面六臂、二童子、ショケラ、邪鬼、四夜叉

 

 こちらの方がいくぶん良好な状態でやはり彩色も残っておるのですが、向かって左上が大きく欠けてしまっているのが惜しまれます。やはり、倒伏したものを安置し直したものなのでしょう。青面金剛は良好ですが向かって左側の童子と四夜叉の摩滅がひどく、おそらくこれは倒伏時に傷んだものかと思われます。

 まず金剛山の強そうなことといったらどうでしょう。そして髪の緻密な彫り。ショケラは逆さ吊りになっています!童子はたっぷりとした衣紋の袖を前で打ち合わせて、穏やかに付き添っています。表情はよくわかりませんが、愛らしい感じがします。そして四夜叉!きっと動きがつけられた表現だったと思うのですが、傷みが本当に惜しまれます。

 それにしても、ショケラや邪鬼、夜叉まで登場のオールスターの庚申塔です。鶏と猿が登場しないのには違和感を覚えます。きっと、鶏と猿も刻まれていたのでしょう。今は見られなくなっている理由としては、次のいずれかの可能性が高いのではないかと考えました。①この塔は半ばで折れたうちの上部を台座に安置しているのであって、今は失われている下部に鶏や猿などが刻まれていた。②夜叉の下部に、本当はもう1段別の台座があった。その台座に鶏や猿が刻まれていた。どうも夜叉の足があまりに塔の下端に寄りすぎていることから、①が確からしいような気がするのですが推測の域を出ません。

 これがもう少し保存状態良好であれば、文化財指定されていてもおかしくないレベルの塔です。主尊の表現であったり、夜叉の配置であったりを見るにつけ、国東半島の庚申塔によく似ていると思いませんか。具体的には、先日紹介しました「国東町横手、小川地区のお墓の上の庚申塔」ですとか、まだ紹介していませんけれども、国東町小原の金毘羅様や、国見町鬼籠など、数か所にこれとよく似た塔が残っております。本匠村と国東はずいぶん離れていますが、どうしてこんなに似たデザインが?とても不思議です。

 ところで、この庚申塔を通り過ぎまして銚子渓谷の方に向かうと、苣ノ木部落につづく番ノ原部落にも、やはり道路の右側に石造物が集められたところがあり、そこにも庚申塔が残っております。いったい、本匠村というところにはどんな庚申塔が残っているのでありましょうか、今のところまとまった資料に行き当たっておりませんが、期待大の地域かと思います。