大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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赤木の庚申塔めぐり その1(直川村)

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 南海部地方(現佐伯市)は庚申塔の宝庫の感がございます。殊に直川村・宇目町・本匠村の庚申塔は、その質・数ともに国東半島にひけをとりません。本匠村の庚申塔については、その一部を以前数回に分けて紹介しました。そして先日、直川村と宇目町庚申塔を訪ねる機会を得ましたので、数回に分けて順に紹介していこうというわけです。その第1回目として、直川村は赤木地区の庚申塔をとりあげます。直川はわたくしにとって不案内な地域でありますが、幸いにも直川史談会による『直川の庚申塔』(昭和64年刊)という本をよく読んでグーグルマップに地点登録しておいたことで、比較的要領よく探訪することができました(全部ではありませんが)。

 今回、直川村の第1回目の記事ですので、直川村について簡単に紹介しておきます。直川村は旧佐伯市宇目町の中間に位置する地域で、上直見・下直見(旧直見村)、横川・仁田原・赤木(旧川原木村)の5地区からなります。著名な観光地・名所としては鉱泉センターや直川憩の森公園、黒沢地蔵があげられます。ほかに西南戦争の古戦場であります陸地(かちぢ)峠も、景勝地として知られております。まったく直川から宇目にかけては見渡す限り山また山、その谷あいに小規模な村落が点在しておりまして、ほぼ全ての村に庚申塔が立っています。しかもただの1基ではございませんで、大抵5基程度の塔が寄せられています。文字庚申、絵庚申それぞれ個性豊かで、興味関心のおありの方にはぜひ探訪をお勧めしたい地域です。

 

1 市屋敷の庚申塔

 国道10号を佐伯から重岡方面に進みます。久留須(直川村中心部)のかかり、かぶと虫のモニュメントが左側に立っている交叉点を左折し道なりに行きます。道路の右側に佐伯市営バスの市屋敷バス停が立っていて、その次の角を右に入れば石段の上に市屋敷部落の堂様がございます。この堂様は公民館を兼ねていて、その前庭には多種多様な石造物が並んでいます(冒頭の写真)。車は、石段の先から左に上がれば境内に停められます。

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青面金剛6臂、2童子(あるいは1童子1夜叉)、髑髏?、3猿、2鶏

 赤い彩色も鮮やかに、実に堂々たる像容でございます。殊に主尊は仁王さんのような髷を結うて、腕や脚が太く、非常にどっしりとした印象です。持ち物がわりと小さめに表現されておりますので、その対比でいよいよ立派な体躯に見えてまいります。童子は、左右が対になっていません。向かって右側の童子はよく見かける造形でありますが、左の童子はまるで夜叉のような雰囲気が感じられます。国東半島の庚申塔では、このように対になっていない童子は見た記憶がございません。或いは、童子と夜叉を単体で左右に配しているのかもしれません。これはたいへん珍しく感じたのですが、直川村の庚申塔を探訪してしばしばこのような表現方法を見かけました。この地方で流行したデザインのようです。変化に富んでいておもしろいではありませんか。

 そして鶏の間に挟まれたものは一体なんでしょうか。直川村の庚申塔では、主尊が邪鬼を踏まえているのをたくさん見かけました。でもこちらの塔では、位置関係は主尊の真下ではありますけれど前後差がございまして踏まれているわけではありませんので、邪鬼ではなさそうです。髑髏のような気がするのですが羽が生えているようにも見えますので、確証はございません。立派な羽の鶏に対して猿は稚児が戯れているような雰囲気でたいへん可愛らしく、全体的にとても生き生きとした感じがします。彫りの技術のみならで、そのデザイン力も素晴らしく、かなりの腕前の石工さんによるものと推察いたします。

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 明和7年、今から凡そ250年前の造立です。彩色は当時のものというよりは、おそらく待ち上げ等で施したものでありましょう。写真を見てお分かりの通り、全ての石造物の一つひとつにお水があがっています。公民館の境内ということもあってか、地域の方に大切にされているようです。

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 三界万霊塔です(界と霊は異体字)。とても穏やかで優しそうな表情の仏様が印象深うございます。

 

2 堂師の庚申塔

 市屋敷の公民館を後に、下の道路を先に進みます。ほどなく、道路右側に庚申塔が数基並んでいます(文字塔のみ・写真はありません)。今は道路がよくなり平坦な道ですが、昔は堂師峠という小さな山越道であったようです。そのすぐ先、堂師部落のかかり、道路端にまた庚申塔が並んでいます。この至近距離に庚申塔群が別個にあるというのが驚きで、直川村ではしばしばこのような場面に出くわしました。

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 このように庚申塔が数基寄せられています。1基が絵庚申、残りは文字庚申です。おそらく道路端に1列に並んでいたものが、拡幅により移動した際に前後に並んだものでしょう。こちらもお花があがっていて、地域の方の信仰が続いていることが分かり嬉しくなりました。直川村ではほぼ全ての地域で庚申講は止まっているようですが、よし庚申様のお祭りをせずとも、このようにお水やお花をあげたり、草を刈ったりして手を合わせる方があると、庚申様も喜んできっと地域を守ってくださることでしょう。

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青面金剛6臂、1童子、1夜叉、3猿、2鶏、ショケラ

 「庚申様は赤が好き」の通り、碑面全体を赤く彩色しています。諸像も余白も構わで一面が赤く、地域の方の素朴な信仰心が覗われました。こちらも非常にどっしりとした雰囲気の主尊で、やや大きめのショケラを鷲掴みにして軽々とぶらさげています。やはり、明らかに童子と夜叉が対になっています。2童子ではありません。そしてその位置関係が市屋敷の塔とは左右逆になっています。鶏と猿は互い違いになって、仲良く並んでいます。微笑ましい雰囲気です。宝暦12年、凡そ260年前の造立です。

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奉造立庚申塔

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奉待猿田彦命

 直川村でも、青面金剛猿田彦それぞれ造立されています。その比率としては青面金剛が多く、猿田彦は少なめのように感じました。

 

3 堂師の庚申塔(川向い)

 堂師部落を過ぎますと、左側に橋が見えてきます。左折してその橋を渡りますと、野々内部落入口で、辻に心光庵という堂様がありその境内に庚申塔が立っています。こちらは後回しにして、先に辻を左折して栗林方面に向かいます。ほどなく、道路右側に庚申塔が1基立っています。

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青面金剛6臂、2夜叉、2鶏、2猿、1邪鬼、ショケラ

 なんと珍妙な塔でありましょうか。直川村の庚申塔を探訪いたしまして、部落ごとに個性豊かな塔を次々に見学することができましたが、今回の探訪ではこちらの庚申様にとどめをさしました。主尊のお顔は、輪郭がお地蔵さんのようでありながら目・鼻・口が非常に小さく顔の中央に寄り集まり、非常に不気味な雰囲気が感じられます。しかも厚肉にて表現された顔に対して線彫りの炎髪が全く合っておらず、玉ねぎ型の造形も珍妙を極めます。3対の腕は付け根が離れて昆虫のようになっており、彫りが浅くてこれまた体の彫りと合っていません。足元の邪鬼はトドのような体型でございます。猿は分かりにくいと思いますが邪鬼の下、講組の方のお名前と互い違いに2匹線彫りにて刻まれておりまして、中央に向き合うております。

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 主尊の両脇には線彫りで夜叉が刻まれています。そして夜叉と主尊の間の鶏も線彫りで、非常にささやかな風情でございます。主尊を立体的に彫って力尽きてしまったのか、失礼ながら手抜き感のある造形でありまして、何となく微笑ましいではありませんか。碑面いっぱいに配されたすべての像が珍妙を極め、たいへん個性的な塔です。しかし全体として見たときには恐ろしげな雰囲気も感じられまして、庚申様の威厳も増してくるような気もいたします。こちらの塔は道路端にありまして気軽にお参り・見学ができます。前には田んぼが広がり、川を挟んで対岸には堂師部落の家並みが見えます。豊年満作、水不足予防や治水、また地域の方の無病息災や交通安全など、いろいろな霊験がありそうな庚申様でございます。文化12年、200年以上前の塔です。

 

今回は以上です。次回も赤木地区の庚申塔を紹介します。