大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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仁田原の庚申塔めぐり その1(直川村)

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 直川村は仁田原地区の庚申塔を紹介します。ただ、上ノ地部落から重岡寄りの地域は、時間の関係で今回の探訪では省きました。そのため抜けが甚だ多うございますが、ひとまず探訪できた分だけを掲載します。説明の都合上、黒沢地蔵を起点とします。

 

1 青柳の石造物

 黒沢地蔵から細川内の谷を下っていきます。道なりに行けば青柳部落の道路端(左側)に石造物が並んでおり、すぐ分かります。ちょうど道路右側の路側帯が広くなっていますので、車を停めることができます。

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 説明板の内容を起こします。

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佐伯市指定有形文化財
 青柳の経王塔(通称 笑い地蔵)
  指定年月日 昭和五十七年三月二十日
  所在地 佐伯市直川大字仁田原字下ツル
 経王塔は法華経大般若経のような経典中最も有難いお経を、一字一石に書きとめて納めた塔である。
 また、この地蔵菩薩は、往還を通る人々にいつもやさしく笑いかけておられ、拝むと気持が晴れやかになるといわれている。
 地区の人々はそのお姿から「笑い地蔵」と呼んで親しんでいる。
 この地蔵塔は総高一七四センチで次の銘記がある。

  願主當邑 今平
  経王塔
  文政三辰天 二月二十五日

   佐伯市教育委員会

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 銘の「邑」は「村」と同義です。前回まで紹介した赤木地区および横川地区で見かけた説明板の類はすべて「直川村」「直川村教育委員会」でしたが、こちらは「佐伯市」「佐伯市教育委員会」となっており、市町村合併後に設置された説明版のようです。

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 さても朗らかなる笑顔に、なるほどお参りをすると心が晴れ晴れとして、悩みの種も吹き飛ぶような気がいたします。近隣にお住いの方のみならで通りがかりに手を合わせた方も、旅の疲れが癒されたことでありましょう。上に仏様の乗った一字一石塔は珍しいのではないでしょうか。これまで方々で見かけた一字一石塔は、ほとんどが角柱型でした(舟形のものなども見かけたことがあります)。

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青面金剛6臂、2鶏

 猿が刻まれておらず何となく寂しい感じもいたしますが、なかなかどうして、主尊のどっしりとした雰囲気が却って引き立ってくるではありませんか。一筋縄ではいかなそうな、悠然としたお顔付きでございます。この主尊は、赤木地区は市屋敷部落の堂様や、本匠村は屋敷ノ原部落の墓地入口にある庚申塔の主尊とそっくりです。同じ石工さんによるものと推察いたします。その他の像の有無が異なるのは、依頼人のリクエストか、または予算の関係によるものでありましょう。ほっそりとした鶏はささやかな彫りながら、羽根の細かい表現などなかなかのものです。主尊を慕うて中を向いているのも微笑ましい雰囲気でございます。

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 こちらは大乗妙典供養塔の銘がございます。一字一石塔のようです。現状では一つところに一字一石塔が2基並んでいるというわけです。これは、道路工事等でこの場所に寄せられたためでありましょう。

 

2 細川内の石造物(上)

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 青柳の笑い地蔵を過ぎて道なりに下っていきます。細川内部落の中ほど、道路右側に庚申塔2基と仏様3体、石燈籠が寄せられています。前が少し広くなっているので車を停められます。

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青面金剛

 青面金剛庚申塔は仏教系でありますのに「青面金剛神」となっているのがおもしろうございます。神様仏様の区別なくなんでもありがたいという昔の方のおおらかな信仰心が感じられます。また、「神」の尊号を用いて箔をつけることで少しでも多くの霊験を期待した背景には、昔の農村の暮らしの大変さがあるのでしょう。日々の暮らしに難渋した時代に思いを馳せまして、今の世のありがたさを感じましたし、それに驕らで謙虚な心もちで過ごすことの大切さに気付かされました。

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青面金剛6臂、3猿、2鶏、ショケラ

 こちらの刻像塔は風化摩滅が進み、細かい部分が分かりにくくなっているのが惜しまれます。写真では猿の様子が特に見えにくいと思いますが、実物を拝見しますともう少しよく分かります。よく見ると主尊の両腕の上げ方が力強そうな感じがして、きっと元々は厳めしい風貌であったのでしょう。また、台座の全面、講員の方のお名前が刻まれているところがハート型になっているのが洒落ています。

 

3 細川内の庚申塔(下)

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 上の庚申塔を後にさらに下っていきますと、ほどなく別の庚申塔群がございます。こちらは全部文字塔で、道路端に8基も整然と並んでいて壮観です。こちらは道路工事の際、基礎をきちんとやり直して改めてお祀りしたようです。今まで文字塔は簡単な紹介にとどめましたが、こちらの塔には興味深い銘もございますので向かって右端の塔から一つひとつ、個別の写真を掲載いたします。

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奉造立庚申塔

 奉の字の両側に、チョンチョンと4つの短い線が刻まれているのはどんな意味があるのでしょうか。

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奉造立庚申之塔(塔は異体字

 こちらは「享保元丙申天」や「十一月」の文字が、中央の「奉造立庚申之塔」と同じくらいの大きさで刻まれているのが特徴です。

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奉造立庚申塔

 碑面の彫りくぼめ方が一つひとつ違っているのもおもしろいではありませんか。特に上端の形状にはささやかな装飾性も感じられまして、この部分に個性を感じます。

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奉造立庚申塔

 奉の字の真上の円に、僅かに梵字の痕跡が認められます。

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庚申塔

 右下のところに「講中 細河内」と刻まれています。今は「細川内」の用字が通用していますが、昔は「細河内」と書いていた(またはどちらの用字も通用していた)ことが分かります。

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庚申塔

 はじめは、庚の字が変わった字体であることよと思いました。「まだれ」の中の部分が、「三」に「人」を重ねているように見えたのです。でも、よく見ますと「三」の右側の部分の縦線が分かりにくいだけで、通常の「庚」の字でした。

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(庚)申塔(塔は異体字

 上半分が破損して、銘が消えてしまっているのが残念です。でも「塔」の異体字がよく分かります。今は標準の字体以外を使うことは稀でありますが、昔はいろいろな字体を自由奔放に使い分けました。平仮名も、今は学校で習う字体以外は「変体仮名」とされていますけれど、昔の方の手紙など見ますと同じ文の中にいろいろな字体を取り混ぜていて、風流な印象を受けます。

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 空風木水地奉造立庚申塔

 最後になっていましたが、こちらの庚申塔群の中で最も興味をひかれ、ぜひ紹介したかったのがこの塔です。実は、言及しませんでしたが「赤木の庚申塔めぐり その1」の記事で紹介した堂師の庚申塔群にも、頭に「空風木水地」をつけた文字塔がありました。この「空風木水地」で思い出すのが、五輪様です。五輪塔の5つの部材は、上から空・風・木・水・地を表しています。これは五大(密教では五輪)と申しまして、あらゆる世界がこの5要素で成り立っているとされています。庚申様に五大を冠した例は、そう多くはないのではないでしょうか。少なくともわたくしは、今のところ直川村以外で見た記憶がございません。庚申様に幅広い霊験を求めた昔の方の願いがよく分かります。

 

今回は以上です。次回も庚申塔を中心に、仁田原地区の石造文化財を紹介します。