大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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都甲路を行く その2(豊後高田市)

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 前回、天念寺関係の史跡・文化財の途中で終わりましたので、その続きからスタートします。

8 天念寺(円重坊周辺)

 冒頭の写真が今に残る天念寺の建物の全てで、向かって左が講堂、右が六所権現(新仏分離以降は身濯神社と称されています)です。大岩壁と川に挟まれ、ものすごい立地でございます。いま天念寺は無住で、地域の方により守られています。どなたでも自由にお参りでき、ボタンを押せば音声案内が再生されるなど至れり尽くせりです。

 講堂では旧の正月七日に修正鬼会(しゅじょうおにえ)が開かれます。さても勇ましい鬼の舞、その霊験にあやかろうと信心して集まる方、ベストショットを撮らんとカメラを構える方、めいめいに火の粉を浴びながらものすごい熱気に包まれます。この行事は今や天念寺と岩戸寺・成仏寺(国東町・2寺が交互に行う)、それから丸小野子供修正鬼会(武蔵町)を残すのみとなっておりますが、かつては国東半島内の寺院で広く行われていたそうです。東光寺(杵築市横城)には修正鬼会のお面が保存されています。ほかにも、お面などを保管しているお寺さんがあると思います。

 さて、前回申しました通り、天念寺はかつて12もの坊を擁した大伽藍でございましたのに、今は講堂と六所権現を残すのみとは寂しい気もいたします。他の建物は大水で流されたのです。長岩屋川は過去に何度も洪水を繰り返していましたが、昭和16年には上流の三畑ダムが決壊し未曽有の大水害にて本堂や庫裡が流失しまして、都甲はもとより高田の町までも、ものすごい被害であったそうです。この甚大な被害は、寺勢の衰微に拍車をかけました。戦後には、再建のため木造阿弥陀如来像等を売却しています。戦中戦後のことにて行政からの支援も乏しかったことが推察されますが、それにしても大伽藍の威勢を誇った天念寺が、重要文化財の売却という苦渋の決断をせざるを得ないほどに困窮していたということに驚かされます。地域の方や市、県の努力により、阿弥陀様などは平成に入ってから買い戻され、今は鬼会の里資料館に収蔵されております。たいへん立派な仏様ですので、ぜひ拝観されることをお勧めいたします。

 なお、冒頭の写真では六所権現の建物の正面に橋がかかっていますが、昔はこれより下手、講堂の前に架かっていたそうです。先の大水害にて壊れたので架け直したのか、或いはそれ以降なのかわかりませんけれども、今の位置の方がよいと思います。元の位置では川中不動の後ろに橋がかかることになり、せっかくの風景の調和が削がれてしまう気がいたします。

 この辺りの字を円重坊と申します。その名の通り、円重坊という坊があったのでしょう。これより上手、鬼会の里付近を重蓮坊と申しましてそちらの方にも石造文化財がありますが適当な写真がございませんので、今回は省略します。

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 講堂裏手に回り込みますと、このように崖に設けた祭壇に十六羅漢様が並んでいます。一部には傷みも見られますが、保存状態は比較的良好です。この辺りに蜂の巣がある旨の注意書きがございまして、恐ろしさのあまりじっくりと拝見することができませんでしたのが残念です。

 講堂に向かって境内左端のところには、役行者の磨崖仏と庚申塔が並んでいます。

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 私は磨崖仏や庚申塔にことのほか興味を持っておりまして、この場所は両者が並んでいるということで、私にとって夢のような場所です。小規模な磨崖仏ではありますけれども保存状態が良好であるうえに、間近にて細部まで容易に拝見できます。もみじの時季には写真のように色を添えてくれますので、興趣も一入でございます。

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青面金剛6臂、2童子、1猿、1鶏、ショケラ

 写真が悪いせいで不鮮明に見えるのですが、実際に間近で見ると細部までよく残っています。金剛さんの厳しいお顔の表現や、腕の様子などがとても自然ですし、弓などの武器をとる手を見ますと指の握り方が正しい描写で表現されています。全体的に均整のとれたデザインです。ちょうど枝等で隠れて見えにくいのですが、下部には向かって左側に1羽の鶏、右側に1羽の猿が、向かい合うように彫られています。猿は御幣をかるうて、金剛さんの厳めしさとは対照的に、うきうきと楽しい雰囲気が感じられます。この塔は当初からこちらに造立されたのか、または近隣より動かされたのかわかりませんでしたが、この場所が最適であると思います。道路端にて近所の方が容易にお参りできるだけではなくて、観光客の方々も皆さん気付かれることでしょう。道路改良がなされたとはいえこれより先は曲がりくねった山路でございますので、交通安全や旅の無事を祈願されてはいかがでしょうか。

 さて、これより境内を外れまして、前の道路に沿うて川下方向に参ります。西ノ坊付近にトイレのある駐車場が整備されておりますので、そちらに車を動かしてもよいでしょう。この辺りはもみじはもちろん、梅雨明けには蛍の淡い光がいちめんに飛び交い、それは見事です。

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 先ほどの庚申塔のやや下手、道路端の高いところにも磨崖仏が見られます。こちらは傷みが進み像容が判然としませんが、丸彫りに近い造形です。国東半島は薄肉彫りの磨崖仏が主流で、このように彫りの深い磨崖仏はこちらと、中ノ坊磨崖仏(真玉町)など少数派です。もしかしたら、昔は近くまで上がるための坂道か石段などがあったのが道路拡幅で削り取られたのかもしれません。現状では、梯子でもかけない限り近寄れません。

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 少し下手には、このような磨崖碑も残っています。墨書きで戒名の書かれた、磨崖の位牌であったようです。妙仙坊の磨崖碑と同様に、こちらも文字は消えてしまっています。道路から見上げるよりほかなく、植生に覆われつつあるのが残念です。

 この磨崖碑から下手が、西ノ坊跡です。五輪塔等が残っており案内板が整備されているのですが、崖の上り口が分かりにくいと思います。適当な写真がないので今回は省略します。

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 川べりには遊歩道が整備されています。もみじ狩りにもってこいの、気持ちのよい歩道です。この道は、川に空の青を映す晴天の日ももちろんよいのですが、曇り空の日もまたよいものです。かすむ山々を墨絵と見て、紅葉で色を添えるような風情がございます。川の流れが美しく、水に映るもみじ、散り浮くもみじそれぞれに色の重ねを綾に織れば、奇岩奇峰の古刹を彩ります。冬は雪の化粧をする巌と凍った川面、修正鬼会の賑わい、春の芽吹きにはヒワやメジロの声、お接待、蛍が短い命の灯をとぼせばそのうち盆踊りの太鼓や口説を遠くに聞いて、秋はもみじの綾錦。四季それぞれのよさがあります。

 

9 行園の山神宮

 天念寺の上の駐車場を出発して、2車線の新道を市街地方面に進みます。坂道を下り、行園(ゆきぞの)の集落のかかり、左側に山神宮の鳥居が見えます。やや奥まっていますので通り過ぎないように気を付けてください。適当な駐車場がありませんので、やや距離がありますけれども散策がてら、天念寺の駐車場から歩いた方がよいかもしれません。 

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 石段は崩れかけ、竹が生い茂った参道です。昔はどんな景色が広がっていたのでしょうか。新道の開通によって訪れやすくなったものの、こちらに神社のあることがわかりにくいものですから、お参りに来られる方は少ないようです。

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 古い石燈籠と仁王像が、昔と変わらぬ姿で立ち続けています。かつては拝殿があったと思われますが、今は奥の方に石の本殿を残すのみとなっています。老朽化で撤去されたのかもしれません。境内には枯れ竹が散乱し、荒れてきています。竹林というものは、整備が行き届くうちは気持ちがよいものですが、ひとたび手入れが追い付かなくなると後から後から枯れ竹が折れ重なり、なかなか厄介ございます。

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 大きくはありませんが、なかなか立派な仁王さんです。衣紋の細かい表現など丁寧に表現されていますし、非常に厳めしいお顔など見事ではありませんか。2本脚でバランスをとるのが難しいため例によって衣紋の裾を利用した3点支持方式で立っています。仁王さんに気を取られがちですが、燈籠も立派です。台座のところのお細工など見事なものですし、全体的に均整のとれたフォルムで、秀作といえましょう。道路から歩いてすぐですので、ちょっと立ち寄って見学されることをお勧めいたします。

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  左の方には、石垣に段差を設けましてお地蔵様が安置されています。どこにでも見られるようなお地蔵さんを、わざわざ難しい組み方の石垣でもってこのように丁重にお祀りしているところを見ますと、きっと何かの謂れがあるのだと思います。雨ざらしにならないようにしようとしてかけたトタン板が破れてしまっています。できる範囲で、この仏様を大切にしようと考えた地域の方のことを考えますと、胸にせまるものがございます。

 

次回に続きます。