道順を記します。大田村中心部を抜けて、田染方面に進みます。走水峠に至る道(白髭田原神社や財前家墓地への道)の分岐を見送って直進し、家並みが途切れていよいよ川べりの道になります。田染との境界手前、道路の左側に小さな青い標識が立っておりますので、それに従って右折し後野方面に進みます(標識がかすれて読みにくくなっています)。休耕田の中の道をしばらく行くと、二股になっています。右にとって坂道を登っていきますと、道路の左側の塚になったところに庚申塔が立っています。道路端なのですぐわかります(冒頭の写真)。
頭巾をかぶったように見える主尊のお顔を見てください。眉間にしわを寄せて口をヘの字に曲げ、ヘソを曲げたような表情がなかなかのものです。宝珠を持つ手を真上に立てていて、この箇所がまるで石造仁王像の所作によう似ているではありませんか。弓など、武器を持った手はごくささやかな彫りにてやや不自然な形になっているものの、それ以外は厚肉彫りで堂々たる雰囲気でございます。特に、お相撲さんのように大きなお腹はどうでしょう。その下、衣紋の模様はやや形式的ながらも波型を描いて、中に隠れた脚の筋骨隆々たる雰囲気が感じられるようです。
お地蔵さんのような童子には優しそうな雰囲気が感じられます。猿は狭い部屋に押し込められて窮屈そうに見えます。まるで牢屋に閉じ込められて、鶏が外から監視しているようにも見えておもしろいではありませんか。その下には講員の方のお名前が6名分、ずらりと刻まれています。
享保16年(1731年)の銘がございます。290年も前の塔とは思えない保存状態に驚嘆いたしました。立派な笠の造形や、諸像の前後差をつけた非常に細かい彫りなど、微に入り細に行った緻密な造りでございます。
このように、反対側からですと木立に隠れて塔が見えず、素通りしてしまいそうです。ですから、こちらの庚申塔にお参り・見学される場合には冒頭に示した道順で訪れた方がよいでしょう。
今回は以上です。喜び勇んで塔に近づきまして、お賽銭があがっていることに気付きとても嬉しくなりました。人里にあって、今なお近隣の方の信仰が続いているのでしょう。