大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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北杵築の名所・文化財 その5(杵築市)

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 引き続き、北杵築地区の名所旧跡を紹介します。下記の内容です。

17 宝福寺北の庚申塔

18 宝福寺西の庚申塔

19 西溝井公民館の庚申塔

20 鎌ノ草の庚申塔

 4か所とも西溝井のうちです。おそらく西溝井の中にいくつかの庚申講があってそれぞれが別個に造立したものかと思われますが、組名がわかりません。そこで所在地をとって仮の呼称としたのですが、「宝福寺北」等の表現はどうにも好みではありません。区別のための符牒にすぎませんので、字名がわかり次第訂正します。

 17 宝福寺北の庚申塔

 前回紹介しました四辻の庚申塔からスタートします。来た道を引き返して、旧県道を小平方面に進みます。道なりに行きますと幅員が減少し、中央線がなくなります。そのまま進むと、道の両側にカーブミラーのある十字路に出ます。右のカーブミラーの後ろにあるお弘法様の祠が目印になります。ここを左折して、簡易舗装の農道を行きます。田んぼの中を進んでいき小さな橋を渡ると、左側が小さな竹藪になっています。道が二股になっていますので、竹藪に沿うて左の道を進みます。左側にお墓があって、その先で木立が途切れたところを左に回り込むように入るとすぐ、目的の庚申塔が2基並んでいます(冒頭の写真)。車は邪魔にならないところにとめてください。

 この辺りは何回も通ったことがありますが、まさか木立に隠れるように庚申塔が立っているとは思いもしませんで、ずいぶん捜しました。普通は道路に向かって立っていそうなのに、どうして背を向けているのでしょう。もしかしたら、昔は庚申塔の前に車の通らない道があったのかもしれません。または、道路工事か圃場整備等でこの位置に動かされたのでしょうか。目立たない場所ですが、近くの方がいつもきれいに掃除をして下さっているようで、環境は良好です。では、左の塔から見てみましょう。

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青面金剛4臂、2童子、3猿、2鶏

 扁平な彫りで、まるで版木のような雰囲気が感じられます。左右対称の造形は形式的な感じがして躍動感に乏しいものの、個性的でおもしろい表現です。なんといっても、金剛さんのつぶらな瞳がステキで、失礼ながら笑ってしまいました。引き眉毛のような細い眉毛、立派な鼻、おちょぼ口。全く怖そうな様子はなく、ちょっと頼りない感じもしますけれども、何がおきてもこのお顔を崩さずに平気の平左で始末してくれそうな気もします。童子は小首をかしげて、お行儀よく手を袖に隠すようにして前に打ち合わせています。脚を揃えて立つ姿がかわいらしいではありませんか。猿の表現も独特で、形式的な表現を極めて、ある種の抽象画のような、洗練された雰囲気がございます。

 この塔は銘がありませんで造立年が不明ですが、石材の様子や全体の表現から推して、比較的新しいもののような気がいたします。笠がたいへん立派で、諸像の表現も独特であり、秀作といえましょう。

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青面金剛4臂、2童子、3猿、2鶏

 折損し、金剛さんの上半身がほとんど分からなくなってしまっているのが惜しまれます。何かのはずみに倒伏してしまい、折れたのでしょう。日月および瑞雲を線彫にて表現しており、その表現がなかなか洒落ています。うす雲のかかる空にぼんやりと月が浮かぶ夜を想像しました。向かって左の童子は、金剛さんに恐れをなすようにややのけ反っています。大きめの猿がしゃがみこんで、めいめいの頭の位置が少しずつ違っているなど動きがある表現をとっているのもよいと思います。また猿と鶏の区域は一段彫りくぼめられていますが、その縁取りが碑面上端の縁取りを対になっているなど、手の込んだ手法をとっています。これらのことから、金剛さんも立派な姿であったと思われて、いよいよ折損が惜しまれました。こちらの塔は造立から300年以上が経過しています。明らかに、左の塔よりは古そうです。

 

18 宝福寺西の庚申塔

 上記「宝福寺北の庚申塔」の先が突き当りになっています。そこを左折すると、田んぼの中を直進する一本道です。道なりに行き、ビニルハウスの手前を右折します。十字路の手前左側に木立があって、その手前を左折しやや下り、道は右側の民家に続いていますがそのまま直進します(ここから未舗装です)。田んぼの間を行くと、左の方に庚申塔が見えてきます。

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 ここでも、お弘法様と庚申塔が並んでいます。この庚申塔は以前詳しく説明していますので、下記を参照してください。

西溝井 宝福寺西の庚申塔(杵築市) - 大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

 

19 西溝井公民館の庚申塔

 宝福寺前の道路を芦刈方面(四辻と反対側)に少し行くと、道路沿いに西溝井の公民館(集落センター)があります。敷地の端にいろいろな石造物が寄せられており、その中に庚申塔があります。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2鶏、ショケラ ※包丁

 小ぶりな塔で目立ちませんが、よく見ますとなかなか洗練されたデザインです。金剛さんの大きな頭が立派で、きりりとつり上げた眉には墨の着色がよく残り、たいへん凛々しい印象を受けました。体前に曲げた腕の格好がごく自然です。左手にはショケラをさげて、右手にはなんと包丁を持っています!これは珍しいのではないでしょうか。私は、包丁を持つ金剛さんをほかに見た記憶がありません。右手に、衣紋のひらひらしたところをちょっとひっかけているのもよいと思います。脚も写実的で、膝の感じや足先のところなど、丁寧に表現しています。

 童子は、ちょっと体を斜めに向けて金剛さんに寄りそうような立ち方になっています。その下段には、向かって左から雌鶏・雄鶏・猿(言わざる)・猿(聞かざる)・猿(見ざる)の順に一列に並んでいます。雄鶏は猿の方を見返るように首を曲げていて、雌鶏とそっぽを向いています。そして猿は、中央の「聞かざる」が正面向き、左右の「言わざる」「見ざる」は「聞かざる」の方を向いています。このように鶏と猿がそれぞれ変化に富んだポーズで、しかも普通だったら中央に猿を3羽、その猿を挟むように左右の端に鶏を彫りそうなところを、鶏・鶏・猿・猿・猿となっているのがおもしろいではありませんか。このように猿や鶏の配置だけ見ても、それぞれ個性豊かです。いろいろな塔を見学させていただきそれぞれ比較してみると、いろいろな気付きがありいっそうおもしろく感じられます。

 

20 鎌ノ草の庚申塔

  西溝井公民館そばの十字路(今は道路拡幅にて下方向の取付がずれて十字路の体をなしていませんが)を、二ノ坂方面に上がり道なりに行きます。右に、現県道への取付道路が分かれていますが、これは無視して直進します。すぐ先で、左側の路肩が僅かに広くなっており、そこから左方向に下る簡易舗装の急坂があります(竹の手すりが見えますのですぐわかります)。車は下りられませんので、邪魔にならないところにとめます。

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 上の道路から急坂を下るとすぐ、このように2基の庚申塔と石灯籠が並んでいます。この辺りの字を鎌ノ草と申します。この塔の下は、左右に未舗装の徒歩道が続いています。確認はしませんでしたが、おそらく上の車道が拓かれる以前の旧道でありましょう。これより先は二ノ坂公民館まで人家がございませんで、庚申塔の所在地としてはわかりやすい立地です。このように、上の道路から下る道を整備して下さっているお陰で簡単にお参りすることができます。手すりがありますので安全に下ることができます。ちょうどお正月前であったからでしょうか、真新しい語弊がお供えされてありました。まだまだ地域の方の信仰が続いていることがわかって、嬉しくなりました。

 それでは向かって左の塔からよく見てみましょう。

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青面金剛4臂、2童子、3猿、2鶏

 どっしりとした重厚な笠が見事です。唐破風の曲線が美しく、四隅が僅かに反っているのもよいと思います。諸像はほとんど線彫に近く若干薄れてきてはおりますけれども、まだまだはっきりとその姿を確認できます。まるで鉄兜をかぶったようにみえる金剛さんはすまし顔で、田舎風の、素朴な感じがしてたいへん親しみやすい雰囲気です。猿はまるで小さく身をかがめて、向かって右から「見ざる・言わざる・聞かざる」の順に並んでいますが、「見ざる」の猿は特に体が小さいのもおもしろいところです。3匹の猿それぞれのポーズを変えるだけではなくて、少しずつ個性があります。向かって左側の塔身が僅かに欠けているのが惜しまれますが、この欠けが諸像に干渉していないのが救いです。今はこのように丁重にお祀りされ、下もコンクリで固めてありますので今後倒伏することはないでしょう。

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青面金剛4臂、2童子、3猿、2鶏

 こちらは、全体的にすっきりとした印象を受けます。扁平な彫りにて立体感は乏しいものの、保存状態が良好です。金剛さんの姿は、なんとなく前回紹介しました中津屋の庚申塔(下に鳥居がある塔)の金剛さんに似ているような気がします。さても奇抜な髪型にて、まるで頭の上に粗末な小屋を乗せているようではありませんか。引き眉毛にどんぐり眼、鼻筋が通って顎のしゃくれたお顔です。このお顔によく似た石造仁王像を何箇所かで見たことがあるような気がいたします。違う仏様ですけれども、いかつい雰囲気を表現しようとして、似たようなお顔になったのかもしれません。上の腕と下の腕が異常に離れて昆虫のような表現になっていたり、異常に足が短かったりと稚拙さは否めませんが、庶民の信仰のエネルギーが感じられます。お地蔵さんのような童子、尻もちをついたように見える猿、不自然な体型の鶏など、失礼ですが何もかもが微笑ましく、親しみやすい塔です。

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  このように、今は上の道路から下ってきてお参りをするようになっています。上から後ろを見下ろすように近づくのは気が引けるような気がしましたが、塔の下側の道の入口がわかりませんでしたし、立派に整備された参道でありますのでわたくしも上の道から下ってお参りをさせていただきました。本来は、下の道路から塔の前の石段を数段上がってお参りをしていたわけです。

 今は通りがかりの方の目には入らなくなっていますが、写真のようにたいへん立派にお祀りされています。この上方の新道は長い坂道とゆるやかなカーブなので、とんでもないスピードで通行する人がいます。庚申様に交通安全や病魔の退散をお願いいたしましたとともに、ゆっくりと大らかな気持ちで通行したいものだと思ったしだいでございます。

 

 以上、西溝井の名所旧跡を紹介しました。西溝井には、ほかにこのシリーズの初回に紹介しました万歳橋などの名所旧跡がございます。次回は尾上・払川・三尾ノ平辺りか、または芦刈・二ノ坂・夏凪あたりを考えておりますが、適当な写真がありません。それで、このシリーズはいったんお休みとしまして、しばらく北杵築地区以外の史跡や文化財を紹介していこうと思います。また適当な写真を撮り溜めたら、このシリーズの第6回を書こうと思っています。ペースは遅うございますが頑張って書いていきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。