大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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赤木の庚申塔めぐり その2(直川村)

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 前回に引き続いて赤木地区の庚申塔を紹介します。記事の内容が一続きになっていますので番号を連番にしています。

 

4 心光庵跡の石造物

 前回紹介しました3番「堂師の庚申塔(川向い)」から、来た道を戻ります。野々内部落入口の辻に公民館があり、その坪に石造物が並んでいます(冒頭の写真)。そのうち五輪塔は、後家合わせと見受けられるものがございます。

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 文字が小さいので全文を起こします。

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直川村指定文化財(昭和五十七年三月二十日指定)

常得山心光庵跡の阿弥陀如来仏像

所在地 直川村大字赤木字ヤマガキタ

 この仏像が安置されている常得山心光庵は野々内の八幡津留の田圃の中にあり、仁田原正定禅寺の末庵でご本尊は阿弥陀如来である。この仏像はこれより東六〇〇メートル知江地区の字寺ノ迫の山中に中世のころ天山源光寺という一寺が建立されていた。何時の時代か法灯が絶え知江の遠離山功休庵(この庵も亦正定禅寺の末庵でご本尊は観音菩薩である)に移されたがここも又廃墟となり近世に至ってここの心光庵に安置されたと言う。

 この阿弥陀如来仏像は総高六十六センチ寄せ木造りに金箔を押した定印座像の阿弥陀仏でその台座裏に「天山源光寺什物正安元年十二月」の墨書の銘が二ケ所に誌るされている。鎌倉期久明親王の時代の作で杜氏の仏像彫刻は史上最も輝かしい時代であり特に阿弥陀像の傑作が多かったという。今から六百九十五年前の作で木造仏像として現在こんなに立派に保存されているのは県内でも数少ないと言われている。また心光庵の裏にある古杉は胸高周囲四・二メートル以上あり四百年を経過した歴史を物語っている。

 阿弥陀仏 ご利益遠く鎌倉の 流れは今も八幡之津留

   読人不知

平成六年十月

 直川村教育委員会

 直川村史談会

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 今回、木造の阿弥陀様は残念ながら拝観することができませんでした。この説明版には屋外の石造物については一切言及されておりませんが、心光庵のことがよく分かります。

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 これらの石造物は、境内に散在していたものを一か所にまとめて安置し直したものと思われます。後家合わせになっている塔が多いのは、元の場所でばらばらに壊れていたものが多かったためでしょう。または近隣からこちらに移されたものもありましょう。

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 こちらは双体道祖神でしょうか。国東半島でよく見かけるものとはずいぶんデザインが異なります。彫りは浅いものの、細かい部分までよく表現されていました。この並びに庚申塔が数基ございます。

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(左)

奉待猿田彦

 日月の部分や文字に赤い彩色が残っています。

(右)

青面金剛6臂、2猿、2鶏、ショケラ

 直川村の刻像塔は保存状態がよいものが多いような印象を受けましたが、残念ながらこちらは風化摩滅が進んでいます。殊に主尊は細かい部分がほとんど分からなくなってきています。それでもその輪郭から、どっしりとした強そうな雰囲気が伝わってまいります。主尊の両脇に鶏が刻まれ、猿は主尊の真下です。この塔で印象深いのは猿で、二匹が向かい合うて一本の棒を持ち合うています。まるで籾すりをしているように見えて、何ともかわいらしい雰囲気でございます。

 それにしても、これほど傷んできていても彩色が一面にしっかり残っているということは、その傷みが昨日今日のものではないということです。いつかの待ち上げで着色し直したときには、既にある程度の傷みが生じていたものと思われます。風化摩滅は如何ともし難いものを、せめて鮮やかな彩色でもって鄭重にお祀りしようとした地域の方々の素朴な信仰心が覗われます。

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 刻像塔の右に立っている、小さな塔です。猿田彦大神の「猿」の字の崩し方がよいと思います。

 

5 長野の庚申塔

 心光庵を左に見て、野々内入口の辻から田んぼに沿うて一本道をまいります。長野部落に着きましたら、三叉路の右側に橋がかかっています。その手前に旧橋の跡地がありまして、取り付きの箇所に石造物が3基並んでいます。道路から見えるのですぐわかります。車は、三叉路のところが少し広くなっていますので端に停められます。

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 向かって左の塔はキリシタンに関係のある旨の伝承があるそうです。中央が庚申様、右はお弘法様のようです。見るからに立派な絵庚申でありますが、近隣に庚申石の類は見られませんでした。

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青面金剛6臂、1童子、1夜叉?、3猿、ショケラ

 事前に『直川の庚申塔』を呼んで、こちらの塔の探訪を非常に楽しみにしていました。本のページの小さい写真を見ても、明らかに珍妙な髪型であることが見てとれたからです。そして首尾よく実物に行き当たりまして、吃驚いたしました。本で見た以上に珍妙を極める造形であったからです。 

 主尊の髪型はどうしたことでしょう。二股に分かれた炎髪など今まで見た記憶がございません。一体どのような意図でこんな表現方法をとったのでありましょうか。そして威厳や恐ろしさというよりは、失礼ながら意地悪という言葉がぴったりのお顔。体は漫画的なデザインでもって、ごつごつと武骨な感じがいたします。脇侍を見ますと、向かって左側はお地蔵さんのような雰囲気の、よく見かけるタイプの童子です。ところが右のお方は主尊と全く同じ二股の炎髪で、まるで主尊の子供のように見えます。これは夜叉なのか童子なのか、はたまた主尊の子であるのか、何が何やら分かりませんけれども、小さくてかわいらしいではありませんか。また、傷みが進んでいて分かりにくくなっていますが猿もかわいらしい立ち姿で、三匹仲良く並んでいます。鶏は見つけられませんでした。

 

以上、赤木地区の庚申塔を2回に分けて紹介しました。地区内にはほかにもたくさんの庚申塔がございますが、一応、絵庚申(刻像塔)については主要なものを網羅できたと思います。正直な話、現地を訪れて実物を拝見するまでは、これほど個性豊かでかつ立派な塔ばかりであるとは思いもよりませんでした。直川村の庚申塔はまだまだ序の口、次回からもいろいろな塔を紹介してまいります。