前回、西大内山の名所を巡りました。今回はその続きで東大内山の名所を巡って、道順が飛び飛びになりますが小狭間の虚空蔵様まで紹介します。
10 光月の宝篋印塔(虎御前)
大内簡易郵便局から旧国道を少し灘手方面に行きますと、右前に川幅の半ばまで堰堤を築いてもう半分が欄干のない小さな橋になっているところがあります。これは、軽便(国東線)の線路跡です。その線路跡の橋の手前を左折して二車線の道を上がればすぐ右カーブして、左側の人家が一旦途切れるところにゴミ捨て場があります。その角を左折すれば、左上の小高い場所に宝篋印塔などが寄せられています(冒頭の写真)。車は、ゴミ捨て場手前の路肩が広くなっているところに邪魔にならないように停めるとよいでしょう。
急坂の参道を上がれば、あっという間に境内に到着します。以前は道路右側にあったのが、拡幅工事にかかって今の場所に移動したようです。見晴らしがよくて気持ちのよい場所でございます。この一帯は東大内山のうちで、字を光月(こうげつ)と申します。字面がほんに風流な感じがいたしますし、読みも音読みで「こうげつ」とはさても風雅なことではありませんか。
残念ながら相輪が失われ突端が後家合わせになっておりますほかは、良好な保存状態といえましょう。この宝篋印塔は「虎御前(とらごぜん)」と呼ばれています。
○ 虎御前について
虎御前とは曽我物語に出てくる白拍子(遊女)で、虎女(とらじょ)とも申します。虎御前は鎌倉時代、曽我兄弟を手引して仇討ちの手助けをした科で源頼朝に捕われましたが、大友能直に助けられました。豊州の守護職を任ぜられた能直を頼りて豊後に下り、曽我兄弟を弔いながら西国三十三所を巡ったと申します。
昔は村々のお祭りに旅回りの一座(杵築では馬場尾に座元がありました)が来て芝居がかかるのを常としたほか、盆口説や覗きカラクリ等の演芸によって、昔の方は浄瑠璃や芝居のあらすじをよくご存じでした。曽我物語も例外ではなかったことでしょう。そのこともあってか、大分県内のあちこちに「虎御前の墓」等の伝承のある石塔がございます。疑問に思いますのが、いろいろな物語にたくさんの登場人物が出てくる中で、どうしてことさらに虎御前関係の石造物が多いのかということです。杵築市の場合は下本庄に「八百屋お七の墓」もございますが、これは稀な事例で、とにかく「虎御前」が圧倒的に多うございます。しかもわたくしの知る限りでは十中八九が宝篋印塔なのです。何が何して何とやら、地域の方に尋ねる際には「宝篋印塔」よりも「虎御前」の方が通りがよい場合もあります。
11 神田の大日様と庚申塔
虎御前の下から二車線の道路を道なりに上っていきますと、左側にジュースの自動販売機があります。そのすぐ手前、左側に数段の石段がありますのでそれを上がります。正面の木立を左側から回り込めば、石祠と庚申塔が立っています。車は路肩ぎりぎりにどうにか停められそうですが、邪魔になるかもしれないので前項にて申しました路肩の広いところに置いて歩いて来る方がよいでしょう。
中央の祠は牛馬の神様とのことです。昔から「神田(じんで)の大日様」として信仰を集めてまりました。字はこちらも光月のようですから、神田というのはシコナでしょう。庚申塔は元は別の場所に立っていましたが、道路工事の際にこちらに移されたものです。
青面金剛4臂、3猿、2鶏
彫りが浅くて、細かい部分がぼんやりとしてきています。主尊は額が広く、ずいぶん長い頭に小さなバッチョロ笠をかぶったような珍妙なる髪型です。腕の長さが上と下でまるで異なる点にも注目してください。ちょうど、上の長い腕と衣紋の裾まわりとでX型をなして、下の腕はその交点からやや下向きに、横に張り出しています。この配置のために、全体のシルエットが実に堂々たる雰囲気になっております。また、主尊の足元の縁取りが一直線ではなくて、ちょうど足が乗っている中央の部分が凹型に落ち込んでいます。その落ち込んだ部分の左右の角が衣紋の裾の端に接していて、おもしろいデザインでございます。持ち物を見ますと、右手で蛇を掴んでいます。国東半島の北浦辺では蛇を持った主尊をしばしば見かけますけれども、杵築市においては珍しい事例のような気がいたします。猿は四角の部屋の中に閉じ込められて、行儀よう並んで見ざる言わざる聞かざるの所作をなしております。鶏はいよいよ薄れてしまっていました。
こちらの庚申塔は元の場所から移動したとはいえ、同じ東大内山のうちですし、移動先が小高い場所で近隣を見晴らす好適地にて田畑をよう見守って頂けます。大日様の横ですので庚申塔も粗末にならずに済んでおり、何よりでございます。
神田の大日様下から二車線の道をさらに上っていきますと、右側に池を見て突き当りになります。これを右折して、その先の角をまた右折します(直進すれば無集の競馬場跡に抜けられます)。車1台がやっとの道を行けば、道路左側の大木のねきに庚申塔が立っています。駐車場所はありませんが、さっと見学すれば問題ないでしょう。
この庚申塔の立つ道は、今では交通量が皆無の状態です。けれども昔、海岸線の道路が未整備であった頃は丸尾山からこの道を通って無集経由で山中に下り、いぼ地蔵様の道を通って大添(南安岐)に抜けていたそうです(江戸時代の往還です)。もしこの道筋を辿ってみたいときは、無集の競馬場跡手前といぼ地蔵様付近がとても狭いのでバイクか軽自動車が無難です。
庚申
小さな塔で、文字も「庚申」のみであります。けれどもその書体や周囲の環境も相俟って、堂々とした印象を覚えました。旧往還という立地によう似合う庚申様でございます。
13 虚空蔵堂の石造物
東大内山の次は中尾か藤ノ川を巡るのが順当ですが、適当な写真がありません。それで、道順の連続性はさておき、小狭間の虚空蔵様を紹介します。境内にはたくさんの石造物が安置されているほか、磨崖仏もございます。旧杵築市の磨崖仏は、わたくしの知る限りでは北村地蔵(鴨川・以前紹介しました)、御殿の庭の観音堂(錦城・風化摩滅著しく確認困難)、日吉神社参道(横城)と、今回紹介します虚空蔵様の4か所のみです。
道順を申します。杵築市街からオレンジロードを安岐方面にまいります。立派な「竣工記念」の立つ二股(コミュニティバスの小狭間停留所あり)を左折して道なりに進み、小狭間の村はずれ、峯松建設の並びに堂様がございます。車は、石垣ぎりぎりに寄せればどうにか駐車できます。小狭間は杵築市のはずれで、その先はもう安岐町です。オレンジロードが開通する前はさぞ不便であったと思われます。
正面の建物が虚空蔵堂です。屋根の形など、なかなか立派ではありませんか。堂様を正面に見て、右側には石塔群がございます。
宝篋印塔や宝塔、五輪塔がたくさんならんでいます(写真に写っているのはその一部です)。宝篋印塔はスラリとして、なかなか形がようございます。宝篋印塔の左側の石段から、上の段に上がります。
上がり着いた正面に庚申塔と石灯籠、その後ろに小さな磨崖仏があります。ここから左右に道が分かれています。右の通路を行けば、石灯籠の辺りに小さな石板が並んでいます。左に行けばお弘法様や大日様などございます。この虚空蔵堂というところは多種多様な石造物がかなりの数ございまして、しかも自然地形をうまく生かして配置されています。庚申塔を詳しく見てみましょう。
こちらの庚申塔はもともとの彫りの浅さにくわえて碑面の荒れが進み、諸像の姿が分かりにくくなっています。主尊の衣紋を見ますと、もともとは線彫りで細かい装飾がなされていたことが推察されます。そしてこの主尊はショケラをさげております。杵築市には庚申塔がかなり多く、自然石のものを含めますと200基近くを数えるようですが、ショケラをさげている青面金剛は少ししかありません。その意味で、こちらの庚申塔は貴重なものなのです。童子の下あたりに鶏が刻まれて、猿は最下段にて上の枠をヤッサヤッサと支えているようにも見えてまいります。今のように傷む前に見てみたかったものです。ともあれ、このように堂様の境内に祀られていることで粗末にならずに済み、御幣を立てかけるなど近隣の方の信仰が続いているようで安心いたしました。
庚申塔の後ろの磨崖仏です。2体の像が刻まれております。仏様かどうかも定かではないほど傷んでおりますので磨崖像と呼んだ方がよいかもしれません。
右の通路に並んでいる石板です。これは庚申石に見えるかもしれませんがそうではなくて、「おすぼ様」と申します。12月12日が祭日で、一つひとつに新しい藁の上部をくくったものを広げてかぶせます。杵築市内ではこちらのほかには菊本など数か所にしか残っていない珍しい行事です。その意味合いは正確には存じておりませんが、おそらく五穀豊穣を願うものでしょう。
磨崖仏の左隣のお弘法様は、岩壁を大きく削って龕をなし鄭重にお祀りされていました。その横には、語弊が置かれています。弘法様に御幣と申しますと違和感があるかもしれませんが、国東半島は神仏習合の土地なので地域の方にとっては当たり前のことなのでしょう。
牛乗り大日様は、厨子に納められた像もさることながら屋根の造りが立派であると感じました。特に破風から軒口にかけての装飾の細やかさが見事です。
左端には、何かの神様の石祠がございます。詳細は分かりませんでした。
虚空蔵堂の石造物を一通り紹介しました。いろいろな種類の神様仏様に一度にお参りができますし、多種多様な造形の石造物を手軽に見学できます。それもこれも、今まで守り伝えてくださった地域の方のお蔭様でございます。ありがたくお参りをさせて頂きました。
今回は以上です。大内のシリーズは撮り溜めた写真がなくなったので、当分の間お休みとします。次回は、以前一旦おしまいにした東山香のシリーズの補遺として、短い記事を書いてみようと思っています。