大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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中野の庚申塔めぐり その5(本匠村)

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 中野の庚申塔シリーズは、今回でひとまず最終回です。ずいぶん前に紹介しましたフルドモリの庚申塔群を、再度紹介します。こちらは塔が密集している関係で正面からの撮影が難しい塔が多く、以前の記事では一つひとつの紹介は省きました。今回、再訪する機会を得て写真を撮り直しましたので、一部過去の写真も使いながらできる限り詳しく見てみようと思います。

 

 前回紹介しました宇津々の愛宕様のところから山口部落の中心部に向かっていきますと、道路右側にものすごくたくさんの庚申様が寄せられています。その前が少し広くなっていますので、車を停めることができます。

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 説明板の内容を起こします。

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フルドモリの庚申塔

 この地区周辺に残る古い石塔を一カ所に集めたもので、そのほとんどは庚申塔で占められています。

庚申塔

 古くから干支のかのえさるの日の夜、当番の家に講の人が集まり、猿田彦青面金剛の掛軸をかけ、般若心経を読むなどし、そのあと御馳走を食べながら、話をして夜を明かすという行事があり、これを庚申待といっていました。伝えによると、庚申の夜に人が眠ると、三尸という虫が体からはい出し、天帝にその人の悪事を報告して寿命を差し引かれるので、これを防ぐため一晩中起きていなければならぬとされていたが、実際は一家の主たちが、60日ごとに会合して病魔・悪疫の退散、作物の豊饒を祈る信仰となっていました。この庚申待が18回を迎えると、待上げといって一つの区切りとし、石塔を建てる習わしとなっていました。それが今に残る庚申塔です。ここには破損したものを含めて約40基があります。
 石塔の形は大小さまざまで、表示も簡単な文字のものから、複雑な像を刻んだものまで大きな違いがあり、そのときの人々の暮らしぶりを反映していますが、ここには大きな石に青面金剛の像を刻んだ豪勢なものが多く、所の人の信仰の大きさがうかがえるようです。

<その他の石塔>

 このほかに、近くの地蔵庵に関係すると思われる地蔵、経塔など数基が残っています。

   佐伯市教育委員会本匠事務所

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 説明板に「周辺の塔を集めた」旨が書かれています。大字宇津々の中でも他部落(ユブ、長ノ分など)にはそれぞれ別の庚申塔が立っておりますので、この「周辺」とは山口部落全域の意でありましょう(フルドモリと申しますのはいま庚申塔が立っている場所の小字で山口部落のうちです)。それにしてもこの狭い地域に40基もの庚申塔があったとは驚きでございます。大字宇津々全域で40基と聞きましても多いと感じますのに、他部落には別の庚申塔があるというのですから。しかもこの40基のうち、なんと17基が刻像塔です!1か所に刻像塔が17基もある部落は県内でここだけと思われます。

 ところで、塔の造立には元手がかかります。失礼ながらこの狭い谷筋ではすごく裕福であったとはとても思えません。いかに信心深かった、庚申信仰が流行していたと申しましても、何がそこまで庚申塔の造立に駆り立てたのでしょう。かなり無理をして積み立てないと、こんなにたくさんの塔を山口部落のみで造立するのは困難であったと思います。

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 40基もの塔を狭い用地に寄せ集めてあるので、ものすごい密度でございます。後ろの方は前後の間隔がほとんどなく、像容の確認に困難を極めました。横から無理に撮った写真も多く見にくいと思いますが、どうにか撮影できた刻像塔を順番に紹介します。

f:id:tears_of_ruby_grapefruit:20210914013727j:plain青面金剛6臂、2童子、3申、2鶏、邪鬼

 碑面が荒れて、主尊と邪鬼以外は分かりにくくなっています。わずかに赤い彩色が残っております。主尊のお顔を見ますと、表情はよく分からなくなっていますのに凛々しい眉毛だけははっきりと見えまして、元々のお顔がさても凛々しいものであったのだろうと想像がつきました。鶏と猿は、邪鬼の真下に3猿が横並び、その外側に鶏です。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2童子、邪鬼、ショケラ

 こちらも碑面が荒れて、主尊以外はほとんどわからなくなってきています。衣紋の表現は異なりますが、大まかに見ますと1つ前に紹介した塔とよく似たデザインのようです。猿や鶏はもはや消えかからんとしていますが、実物を見ればもう少しよく分かります。その下には講員の方のお名前がびっしりと刻まれています。

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青面金剛6臂、2童子、2猿、邪鬼、ショケラ

 主尊のお顔の傷みが惜しまれますが、それ以外は比較的よく残っている塔です。彩色もよく分かります。向かって左下の猿や童子の衣紋にも彩色が残り、丁寧に塗り分けています。主尊は近隣在郷でときどき見かけるデザインであるものの、赤で光輪を表現しているのが個性的でおもしろいではありませんか。全体的に左右対称のデザインですのに、猿のみあえて左右でポーズを変えて対称性を崩しています。

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青面金剛6臂、2猿、2鶏、邪鬼

 上部がぐっと前傾した舟形の塔身が美しく、その上端に日月を寄せたデザインで、これも近隣でときどき見かけます。主尊の両脇に鶏、その真下に猿が刻まれています。童子は見当たりません。

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青面金剛6臂、3猿、2鶏、ショケラ

 この塔は前列に立っていて、大きいのでよく目立ちます。ひときわ大きく刻まれた主尊がとても強そうに見えます。特に、頬を膨らました表情などほんに恐ろしげな風貌でありまして、向かうところ敵なしの感がございます。一見して4臂に見えますが、よく見ますと6臂でした。上げた腕と下ろした腕の間から、真横に向いてごく短い腕が伸びていて、弓などをとっています。猿は正面を向いて蹲踞坐りにて仲良く並び、鶏は最下段の隅に、小さな部屋の中に入っています。ささやかな表現で、主尊と見比べますとほんに可愛らしげな雰囲気がございます。日月は見当たらず、彩色の痕跡も認められません。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2鶏、ショケラ

 この塔は、近隣在郷であまり見かけないデザインです。主尊の頭部は大仏さんのような雰囲気で、その後ろを円形に浅く彫り出して光背を表現しています。近隣では彩色で光背を表現しているのはときどき見ますが、このように彫りで表現しているのは珍しいのではないでしょうか。長い腕をぐねぐねと、碑面いっぱいに広げていろいろな持ち物を手にしています。この部分の表現がなんとなく不気味かつ威圧的な印象を覚えました。異様に発達した上半身に比べて下半身は寸詰まり気味です。猿と鶏は彫りが浅く、分かりにくくなってきています。主尊の真下に正面向きの猿が3匹横並びに密着し、その外が鶏です。

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青面金剛4臂、3猿、2鶏、邪鬼

 近隣では珍しい角型の刻像塔です。この角度からでないと写真に撮れませんでしたので、分かりにくいと思います。主尊のお顔が独特で、直川村は堂師部落の川向いの道路端で見かけた珍妙な庚申様のお顔に似た雰囲気がございます。邪鬼は正面を向いてアッカンベーをしているタイプで、その真下に3猿、猿の外側に鶏が刻まれています。

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青面金剛6臂、1童子、1夜叉、3猿、2鶏、2邪鬼、ショケラ

 厚肉彫りの力作で、良好な状態を保っています。これほど立派な塔ですのに、最前列ではないので気を付けないと見落としてしまいます。主尊は杓をとっており、ちょんまげのような髪型が特徴的です。これとよう似た主尊を、大字小川は屋敷ノ原など何か所かで見かけています。数は多くはないのものの、近隣在郷でスタンダードなデザインの1つといえましょう。腕の様子や衣紋の重なりなど、細かい前後差をつけて注意深く彫っていることがわかります。主尊の脇は、向かって左が夜叉、右が童子でありまして、このように童子と夜叉を1ずつ配している塔は直川村のうち赤木地区でいくつも見かけました。

 邪鬼は猫ちゃんのような顔の真下に4本足が生えているという奇想天外なデザインで、しかもそれが横並びに2匹仲良う並んでいます。その外側の鶏は脚が長く、フラミンゴのように見えてまいります。彫りの浅い猿は見ざる言わざる聞かざるにて正面向きで3匹並び、かわいらしい雰囲気がございます。

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青面金剛6臂、2童子、2猿、1鶏、邪鬼、ショケラ

 主尊がまさに怖い表情で、じっと見ておりますと背筋が寒くなるほどでございます。情け容赦のない感じがいたします。そのためか、向かって左の童子がややのけ反るようにして遠慮しています。邪鬼もいよいよくたばってしまったようです。猿は御幣をかたげて内向きにしゃがみ、猿に挟まれて鶏がただ1羽、中央に立っておりますのも所在なさげな風情が感じられました。

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青面金剛6臂、2猿、2鶏、邪鬼

 顔は厳めしいのに腕や脚が細く、なんとなく華奢な感じのする主尊でございます。その両脇に、上に鶏、下に猿と並んでいて童子はいません。この塔で特徴的なのは邪鬼で、正面を向いてアッカンベーをした顔だけが刻まれているタイプです。その邪鬼がなとも気落ちの悪い表情で、じっと観察していると虫唾が走ります。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2童子、邪鬼、ショケラ

 写真の左下に写っているのは、前列の塔です。たったこれだけの間隔しかありませんので、この角度でしか写真を撮れませんでした。童子がほとんどわからなくなっているほかは旅行な状態を保っています。逆に申しますと、童子がわかりにくいのは元々彫りが浅かったからで、この向きに見るとわかりにくいが正面から見れば問題ないレベルなのかもしれません。

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青面金剛6臂、2童子、邪鬼 ※猿と鶏は確認困難

 見る角度の問題で、たいへん分かりにくく、特に猿と鶏は確認が困難でした。衣紋のヒラヒラを腕にひっかけて立っている主尊はやや小さめで、その両側には童子の痕跡が認められます。主尊の真下には邪鬼が刻まれ、その邪鬼の足元と童子の足元が同じ高さになっているのが珍しいと思います。

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青面金剛6臂、2猿、邪鬼

 塔身の左上を大きく打ち欠いていますが、光輪のきわのところまでであったのが幸いでございます。諸像は破損せずに済んでいます。折角の彩色が薄れてきていて、その原因と思われる黒っぽい汚れが気になりました。主尊の両脇には、裾にすがるように猿が刻まれています。

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青面金剛6臂、1童子、1夜叉、3猿、2童子、邪鬼、ショケラ

 主尊の顔以外は細かいところもよく残っていますが、前列の塔との隙間がたいへん狭く、像容の確認は困難を極めました。

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青面金剛6臂、2猿、邪鬼

 比較的小型の塔ですが、主尊のお顔のインパクトはなかなかもののです。彩色が丁寧で、細かく塗り分けています。一部まだらになってしまっていて、それがために右の猿が紅白模様にてさてもおめでたい雰囲気がございますのもおもしろいではありませんか。こちらも全体像の確認に困難を極めたのが残念です。正面から見てみとうございました。

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青面金剛6臂 ※ほかは不明

 この塔は、光の加減で肉眼での確認に困難を極めます。狭い隙間にスマートホンを差し込んでやっと撮影したのがこの写真でございまして、残念ながら主尊以外はよく分かりませんでした。

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文字、3猿、2鶏

 首のとれてしまった仏様の後ろの塔は、文字塔と刻像塔のあいのこのタイプです。

 以上、できる範囲で刻像塔の一つひとつを説明しました。前後の間隔が近すぎるのが歯がゆく感じたのが正直なところでありますが、そもそも庚申様は鑑賞のためのものではありませんので、こんな歯がゆさはまさしくわたくしの我儘勝手な思いでございます。

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 庚申塔群を正面から見た写真です。大乗妙典一石一字塔が写っています。このいおうに道路から一段高いところに立派にお祀りされているお陰で塔の散逸を防ぎ、粗末にならずに済んでいます。

 一つひとつ、時間をかけて見学をしておりますと、すぐ近くの家の方に声をかけていただきました。その方曰く、ここに塔を寄せてもうずいぶん経つそうで、たまによそから見学に来ているのを見かけるとのことです。とても親切にしていただき、前回紹介しました愛宕神社の仁王様のことを教えてくだしました。地域の中にある文化財を捜しておりますと訝しまれることもありますが、このように地元の方と触れ合うのは嬉しいことですし、いろいろなことを教えていただくことができます。こうして方々の文化財を見学できるのも、草刈りや掃除をするなどして今まで守り伝えてくださった地域の方々のお蔭様でございます。ほんにありがたいことであると感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 

中野の庚申塔めぐりのシリーズも一応今回で最終回となりますが、まだまだ行ってみたい場所、見学したい文化財がたくさんあります。またの探訪の機会を得ましたら続きを書きます。次回は山香町を巡ります。