大分県の名所・旧跡・史跡のブログ

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小原の庚申塔巡り(国東町)

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 国東町大字小原(おわら)の庚申塔を紹介いたします。「おわら」は、「わ」のみ高く発音します。「見える」などと同じアクセントです。この地域は、国東町と合併するまでは小原村という一行政村でありました。その中にいくつもの小集落が点在しており、集落ごとに旧跡・文化財がたくさんあります。中でも庚申塔は、『国東史談第九集』によれば20基以上残っているそうです。しかし、私にとってこの地域はいささか不案内で、まだたったの4基しか見つけられていません。ひとまずその4基をご紹介して、また新しく見つけられたときには別記事にてまとめていきたいと思います。

 (1)赤禿(あかはげ)の庚申塔

 まず、小原簡易郵便局やローソン小原店のある交叉点を目指します。ここから、市道(以下、小原線とします)を上小原方面に進みます(簡易郵便局と反対側へ)。しばらく行き、「左に分かれる最初のアスファルト舗装の道」を左折します(その三叉路より手前にも左に分かれるコンクリ道がありますが無視してください)。田んぼの中をつっきる一本道です。橋を渡ると上り坂になります。この道の旧道(左の方にあります)沿いに目的の庚申塔があるのですが、ひとまず新道で台地上に上がります。

 登りついたら小さな十字路になっており、その先にゴミ捨て場があります。この辺りに駐車するとよいでしょう。振り返りますと、十字路の右側から今来た道と並行に進む舗装された里道があります。これが旧道です。しばらく歩いて行くと下り坂になってきます。右カーブの手前にて、右側の平地に上がったところに庚申塔2基(冒頭の写真)と石灯籠があります。

 右の塔から見てみます。

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青面金剛4臂、2童子、3猿、2鶏

 全体的に傷みが進んでいますが、諸像の姿はよくわかります。金剛さんは厳しい表情ですが、あまり怖そうな感じはしません。童子の顔が金剛さんによく似ているのもおもしろく、まるで親子か兄弟のようです。とても小さな猿がかわいらしいではありませんか。塔の上部の突起から、以前は笠が載っていたものと思われます。

 次に、左の塔を見て見ます。

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青面金剛6臂、2童子、3猿、2鶏、邪鬼、ショケラ

 石殿型の立派な塔です。全体としての重厚さに見合った、どっしりと厳めしい金剛さんの造形が見事ではありませんか。衣紋や指の彫りの緻密さはどうでしょう。非常に写実的で、特に指の精確さに驚嘆いたしました。まるでお地蔵さんのような童子のかわいらしさと比べますと、金剛さんの怖そうな雰囲気がますます際立ってまいります。

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 中段の真ん中にはまるで土下座をするような格好の邪鬼が刻まれています。金剛さんに踏みつけられて観念しているのかもしれません。でも、そんなことは微塵も感じさせないような恐ろしげな風貌です。大きな鼻と口、つり上がった目。その邪鬼を挟むように刻まれた鶏は、われ関せずといった感じで、怖そうな邪鬼を目の前にしても全く動じる様子はありません。その下段は3つの部屋に区切られ、めいめいの部屋にはガニ股でしゃがみこんだ猿が、見ざる言わざる聞かざるのポーズをとっています。

 この塔は非常におもしろいデザインですし彫りも立派で、秀作と言えましょう。この2基は、立派にしつらえた祭壇に祀られております。旧道沿いにあることから賽ノ神的なものであったかと思いますが、田んぼの方を向いておりますので作の神の意味合いもあるのかもしれません。ありがたい庚申様です。

 

(2)金比羅様の庚申塔

 いま来た道を小原線の三叉路まで戻ります。左折して、上小原方面に進みます。途中、オレンジロードと重なります。一旦オレンジロードを左折して、そのすぐ先を右折(方向は直進)するかっこうです。オレンジロードはみかん山の開発・発展のために拓かれた道路で、杵築市から国見町まで、中山間地の集落を次々に結んでいます(この道のおかげで市街地に下りるのが便利になった集落がたくさんあります)。この道は一部分が旧来の道路と重なっております。そのため、元来一本道であったところがオレンジロードを横切る箇所にて右左折を伴うようになったところが何か所かあります。小原線との交叉も、こういった事情で十字路になっていないのです。

 道なりに行きますと、道路左側に七巻神社という神社があります。この神社の横に、車1台分のスペースがありますのでそこに駐車するとよいでしょう。そのまま直進し、道なりは左カーブですが、ここを直進して橋を渡ります。橋を渡って、右側1軒目のお宅に上がる坂を登りかけたところを右にそれますと、林の中に金毘羅さんの石段があります。上がりはなが壊れて段差が高くなっていますので、気をつけて登ってください。少し登ると、右側に小さな平場を設けて庚申塔が安置されています。 

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青面金剛6臂、3猿、2邪鬼?

 さても珍妙な造形、非常に個性的なデザインに思わず感嘆の声が漏れました。まず、塔身の厚いことといったら、まるで角柱のようです。その上部を庇のように残して、半分ほどに彫りくぼめたところに諸像を彫出しておるものですから厚肉の極みで、立体感が素晴らしいではありませんか。金剛さんの、斜め上をにらむ姿は、まるで猿田彦の刻像塔の、首をねじ曲げるようなポーズをとった姿によく似ているような気がします。衣紋の裾が風になびくように軽く流して刻んでいるのもよいし、肩幅に足を広げた立ち方などなかなか写実的な感じがいたします。そして、手前下部の左右に丸彫りにて表現された邪鬼(?)がなんとも変わっていて、こんな奇妙な庚申塔は今まで見たことがありません。体育座りをしてかわいらしいポーズで佇みながら、顔はグロテスクです。その間に猿が刻まれています。残念ながら、だんだんわかりにくくなってきています。もしかしたらその下あたりに鶏も刻まれていたのかもしれませんが、私には全くわかりませんでした。

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 金毘羅さんの参道です。石段が少し崩れていますが気持ちのよい山道で、容易にお参りすることができます。この参道の途中(この写真よりは手前です)に、鳥居があります。金比羅山にお参りをしたらその鳥居の手前まで戻ってください。適当なところを右に(下りのとき。登り方向なだ左です)に入って、あまり上り下りしないように気を付けながら左奥の方に適当に回り込んでいくと、斜面に立派な庚申塔がぽつんと残っています。

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 道もない傾斜面に非常に立派な庚申塔が残っており、感激いたしました。小さめの塔ですが、よく目立ちます。この塔は残念ながら後ろにかなり傾いており、笠も基段も辺りに転がっています。それなのに碑面がほとんど荒れておらず、彩色もよく残り、驚異的な保存状態です。 

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 青面金剛6臂、2童子、3猿、2鶏、1邪鬼、4夜叉、ショケラ

 小さめの盤面に諸像をめいっぱい配置した、オールスターの庚申塔です!これとそっくり(というかほぼ同じ)の塔を、以前横手地区にて発見しております。瑞雲の渦巻き模様のつながりに沿うようになめらかに縁取りをしていて、そのラインの優美なこと!頭巾をかぶった金剛さんは怖そうな顔でショケラを下げており、それとは対照的に童子が優しそうな顔でたたずんでいます。右と左、それぞれポーズが違います。金剛さんに踏みつけられて観念した邪鬼の下には、3猿が楕円形を描くようなやや無理のある姿勢で身を寄せ合っているのもかわいらしいではありませんか。そして、その下の夜叉には鮮やかな彩色が残っています。4夜叉それぞれに動きが付けられており、愛嬌を感じます。全体的に緻密な彫りですし、そのデザイン性の高さも含めて、かなりの腕前の石工さんによるものと推察されます。小さな塔なのに、「豪華絢爛」の言葉がふさわしい傑作です!

 山中にぽつんと忘れられたように残る塔ではありますが、保存状態も良好ですし、文化財指定されていてもおかしくないレベルです。国東町には200基を越す庚申塔が残っておりますが、これがもし庚申塔の数の少ない地域にあっては、何らかの指定を受けていたことでしょう。

 この項で紹介した2基について、いずれも竹林にて前方を遮られておりますが、おそらく昔は前方が開けて、下の田んぼを見晴らしていたのではないかと思います。豊年満作や悪霊退散をお祈りして、この場所にお祀りされたものでありましょう。

 

 以上、小原地区の庚申塔をひとまず4基、紹介いたしました。4基ともオリジナリティに富んだ秀作です。小原地区の庚申塔はほかにもいろいろありますから、また捜しにいきたいと思います。